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<title>竹田陽子blog</title>
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<description>夢のようなソウルでの日々が終わり、また日常に戻りました。</description>
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<item rdf:about="http://yokot.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_7ad9.html">
<title>サムルノリの公演</title>
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<description>4月に私どもの大学で開催された市民講座で講師をつとめていただいたリ・チャンソプさ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;4月に私どもの大学で開催された市民講座で講師をつとめていただいたリ・チャンソプさんの公演が6月28日鶴見であります。おすすめですよ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://changseop.big-site.com/live.html&quot;&gt;http://changseop.big-site.com/live.html&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>韓国文化</dc:subject>

<dc:creator>竹田陽子</dc:creator>
<dc:date>2008-06-04T23:19:38+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://yokot.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/2_b967.html">
<title>学会発表2件</title>
<link>http://yokot.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/2_b967.html</link>
<description>6月7日（土）　組織学会研究発表大会（神戸大学） 竹田陽子「技術の応用開拓成果に...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;6月7日（土）　組織学会研究発表大会（神戸大学）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;strong&gt;竹田陽子「技術の応用開拓成果に影響を与える要因」&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;6月29日（日）　日本知財学会年次学術研究発表会（日本大学法学部・経済学部）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;strong&gt;竹田陽子・渡部 俊也「技術の応用開拓活動に対する知財部門の関与」&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;2つは関連する研究です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;組織学会のは技術の応用開拓パフォーマンスに対する全体的な分析で、知財学会のは知財部門の関与に焦点を当てています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>予定</dc:subject>

<dc:creator>竹田陽子</dc:creator>
<dc:date>2008-06-02T12:20:34+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://yokot.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_e64b.html">
<title>再び韓国</title>
<link>http://yokot.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_e64b.html</link>
<description>ほんの少しだが、韓国に行ってきた。 まだ、行ったというよりも、戻ったという感じが...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;ほんの少しだが、韓国に行ってきた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;まだ、行ったというよりも、戻ったという感じがする。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;結構忙しく、気がついたら写真もとっていなかった。最後に行った建国大学での一枚のみ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://yokot.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2008/05/28/img_11391.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Img_11391&quot; height=&quot;400&quot; alt=&quot;Img_11391&quot; src=&quot;http://yokot.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/05/28/img_11391.jpg&quot; width=&quot;300&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/a&gt; &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;帰国便は出発直前に欠航になり、最終便だったのでどうしようもなく、一泊して帰ったのは翌日の夕方というおまけつきだった。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>韓国生活</dc:subject>

<dc:creator>竹田陽子</dc:creator>
<dc:date>2008-05-27T23:22:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://yokot.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/geary_dc_3c17.html">
<title>Geary, D.C.「心の起源」</title>
<link>http://yokot.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/geary_dc_3c17.html</link>
<description>Geary, D.C.The Origin of Mind, APA, 2004...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;Geary, D.C.&amp;quot;The Origin of Mind,&amp;quot; APA, 2004.&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（邦訳：小田亮訳「&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/å¿ã®èµ·æºâè³ã»èªç¥ã»ä¸è¬ç¥è½ã®é²å-D-C-ã®ã¢ãªã¼/dp/4563057142/ref=pd_bbs_sr_1?ie=UTF8&amp;amp;s=books&amp;amp;qid=1211198940&amp;amp;sr=8-1&quot;&gt;心の起源&lt;/a&gt;」培風館）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;昔、ドーキンスの「&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/å©å·±çãªéºä¼å­-ç§å­¦é¸æ¸-ãªãã£ã¼ãã»ãã¼ã­ã³ã¹/dp/4314005564/ref=sr_1_1?ie=UTF8&amp;amp;s=books&amp;amp;qid=1211198963&amp;amp;sr=1-1&quot;&gt;利己的な遺伝子&lt;/a&gt;」を読んだときに、進化論的な視点を動物の本能的な行動はともかく、人間の社会的な営みにまで何でもあてはめてしまうのには無理があると思った。遺伝子のふるまいと人間の社会的な行動の間のメカニズムがブラックボックスになっていてほとんど証拠もなかった。それに比べて、本書では、脳の進化－脳の機能－個体の社会的な行動というリンクができていてずっと説得力がある。&lt;a href=&quot;http://yokot.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_1080.html&quot;&gt;行動経済学&lt;/a&gt;で取り扱っている人間の非合理性も、脳の進化という観点からずいぶん説明できるはずである。ただし、肝心の脳の機能の解明はまだまだ途上であるので、現時点でなされている人間の社会的な行動の説明付けはまだまだ仮説に過ぎないことに注意する必要はある。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;本書の核心は、人間の心の働きにはヒューリティクスで無意識的に処理する部分と、意識的にコントロールされた問題解決をする部分があるという経営学ではおなじみのモデルに心の進化論を結びつけた6章以降にある。ヒューリスティクスで解決する心の働きは早い時期に進化したもので動物の心の働きはほとんどこれに支配されている。一方、現人類は、理性で意識的にコントロールする部分を非常に発達させ、環境が大きく変わった時などにヒューリスティクスが発動することを抑え、抽象的な物事を考えることができたため、生き残りの確率を高めることができた。ただし、後者の情報処理は非常にエネルギーを食うし、作業記憶を利用して順次処理しなくてはならないのでどうしても限界がある。だから、限定合理性なのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;私が本書を読んではっとしたのは、人間が自動的に処理する部分というのは、暗黙的、非抽象的で、文脈依存、並行処理であるという点である。組織論の問題解決モデルでは、自動的にプログラミングされたヒューリスティクスというのは、コンピュータのアナロジーのせいでむしろ明示的、抽象的、非文脈依存的、局所的な処理というイメージをなんとなく持っていたのである。考えてみれば、意識的なコントロールされた問題解決こそがそのような特性を持っているのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;人間が、論理ではとらえきれないものも、直観的に理解するというのは、古く進化した部分でおこなっている可能性が高い。世間でいう暗黙知も、何か高尚な心の働きではなく、ほとんど動物に近い部分でおこなっていると捉えたら納得がいく。なるほど。これはとても示唆的である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;本書の主張とは正反対かもしれないが、私は、人間がいくら合理的になれたとしても解決できない問題がある、というよりも、ほとんどの場合、完全に合理的に解決することが解決ではないと思っている。確かに、脱文脈的で抽象的な思考ができることが人類を繁栄に導いたが、おそらく今後のさらなる生存のためは、人間が古くから持っている、文脈依存的並行処理能力を、ある程度意識的にコントロールしながらも、もっと活用することにかかっているのではないかと思うのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>本・論文</dc:subject>

<dc:creator>竹田陽子</dc:creator>
<dc:date>2008-05-19T21:19:59+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://yokot.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_b6dd.html">
<title>自分ちの花はかわいい</title>
<link>http://yokot.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_b6dd.html</link>
<description>以前家におびただしい数あった鉢植え類は、韓国行きでいったんほとんどリセットされて...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;以前家におびただしい数あった鉢植え類は、韓国行きでいったんほとんどリセットされてしまったが、最近ひとつ、また一つと増えてきた。ああ、これで種をまいてしまうと、また足の踏み場がない状態になってしまう・・・&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それにしても、街で家にあるのと同じ種類の花を見ると、うちの花の方がかわいいと思う。鉢植え類を置いてあるテラスは半地下にあって、よく育つとは決して言えないのだが。これではまるで親ばかである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://yokot.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2008/05/18/pa0_0008.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Pa0_0008&quot; height=&quot;327&quot; alt=&quot;Pa0_0008&quot; src=&quot;http://yokot.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/05/18/pa0_0008.jpg&quot; width=&quot;224&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;WIDTH: 224px; HEIGHT: 327px&quot; /&gt;&lt;/a&gt; &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;韓国に行っている間に自動給水器がこわれ、真夏の灼熱地獄で全滅しただろうと思って帰ってきたら、どっこい生きていた草花も結構あった。生き残ったものは強い、強い。再び気候のよい季節がきて、もう何が何だかわからない状態に繁栄している。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://yokot.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2008/05/18/pa0_0007.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Pa0_0007&quot; height=&quot;279&quot; alt=&quot;Pa0_0007&quot; src=&quot;http://yokot.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/05/18/pa0_0007.jpg&quot; width=&quot;245&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;WIDTH: 245px; HEIGHT: 279px&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>いろいろ</dc:subject>

<dc:creator>竹田陽子</dc:creator>
<dc:date>2008-05-18T19:56:15+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://yokot.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_81d9.html">
<title>佐伯胖「認知科学の方法」</title>
<link>http://yokot.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_81d9.html</link>
<description>佐伯胖「認知科学の方法」東京大学出版会, 2007年. 1980年代に出された認...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;佐伯胖「&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/èªç¥ç§å­¦ã®æ¹æ³-æ°è£ç-ã³ã¬ã¯ã·ã§ã³èªç¥ç§å­¦-1-ä½ä¼¯/dp/4130151517/ref=pd_bbs_sr_1?ie=UTF8&amp;amp;s=books&amp;amp;qid=1209993684&amp;amp;sr=8-1&quot;&gt;認知科学の方法&lt;/a&gt;」東京大学出版会, 2007年.&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;1980年代に出された認知科学選書の新装版、コレクション認知科学の第1巻。このシリーズは全部読もうと思っている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;本書は、著者が自身のメタ理論に到達するまでのドラマとしても読むことができ、分野を問わず、院生や若い研究者がメタ理論とは何かを知るのに最適である。もちろん、著者が到達した地点は立ち位置の一つにすぎず、研究者がそれぞれ探究していくものである。論文にいつも明確に書くかどうかは別の問題として、自らの立ち位置と、その根っこに無自覚なのが一番いけない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;つくづく思ったのは、社会科学の各分野はメタ理論のレベルでは非常に密接につながっているということである。それぞれの分野は、同じ土壌に生えた草木のようなものである。合理主義も生態学主義も情報処理アプローチも、経営学の根本にもしっかり流れている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;経営学について言えば、メタ理論に常に自覚的で、メタ理論に挑戦する研究をする姿勢を持つことが大切なのはまったく同じだが、メタ理論そのものを経営学や組織論の枠内で作ろうとしないほうがよいと私は考えている。これには異論がすごくあるだろうが、時代や現象に常に寄り添って経営や組織に関わる諸問題を解決しようとする特性があることから、妙に学問として成立させようとしてメタ理論とは言えないものをメタ理論と呼んでしまうおそれがあると思うからだ。メタ理論は社会科学で広く共有するものととらえて、小さく仕切ってしまわないほうがよい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;学生の論文や投稿論文などを読んでいると、明らかに多くの分野で言われているようなことを、経営学や組織論の文献の中では言われていないので（それも本当ではないことが多いが）理論的新規性があるのだと主張する人を少なからず見かける。異分野の文献までレビューするのはつらいかもしれないが、現実に密着した問題を扱う学問であるからこそ、それを他の分野よりもやらなくてはならない&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;理論的貢献を狭い学問分野の枠中でしか考えない人が増えると、その学問分野の将来性は危うくなると思う。反対に、自分の学問分野の存在意義なぞ考える前に、その根っこを広い視野でとらえ、ひたすらおもしろい研究を目指していれば、気がつかないうちにその分野から土壌全体に影響を及ぼす研究が出てくることだろう。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>本・論文</dc:subject>

<dc:creator>竹田陽子</dc:creator>
<dc:date>2008-05-05T22:25:55+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://yokot.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_8e93.html">
<title>渡部信一編著「日本の『わざ』をデジタルで伝える」</title>
<link>http://yokot.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_8e93.html</link>
<description>渡部信一編著「日本の『わざ』をデジタルで伝える」大修館書店, 2007年. 技能...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;渡部信一編著「&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/æ¥æ¬ã®ããããããã¸ã¿ã«ã§ä¼ãã-èªç¥ç§å­¦ã®ãã­ã³ãã£ã¢-æ¸¡é¨-ä¿¡ä¸/dp/4469213144/ref=sr_1_2?ie=UTF8&amp;amp;s=books&amp;amp;qid=1208501932&amp;amp;sr=8-2&quot;&gt;日本の『わざ』をデジタルで伝える&lt;/a&gt;」大修館書店, 2007年.&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;技能の伝承のデジタル支援について、ここ半年ほどいろいろ考えていた仮説や疑問のかなりの部分がこの本の中に提示されていた。私の考えていることは、それほどピント外れではなかったようである。本のレビューだけでなく研究のためのメモも兼ねているので少し長くなるが書いておく。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;本書は渡部信一氏と民俗芸能のデジタル化を実践している方や研究者の対談形式で進んでいくが、議論の一つの焦点は、伝統芸能のような「わざ」の伝承において、デジタル技術でできることとできないことの境目である。できるできないと分けるよりも、旧来のコミュニケーションの仕方やさまざまな他の仕掛けとの組み合わせで新しいあり方をどう生み出していくかと考えたほうがよいとは思うが、とりあえずデジタル技術だけでは実現できないこと、見落とされがちなことをよく知ることも必要だろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;その第1は、私も近頃まさにそのことを考えていたのだが、外形的な現象（例えば踊りならば動き）を再現することと、伝えるべきことを表現することは異なり、デジタル技術は前者は得意であるが、後者は伝えるべきことが論理で明示的にあらわらすことができない領域にある場合難しいという点である。2番目の対談に登場する生田久美子氏は前者を「形」後者を「型」と表現している。デジタル技術は形は表現できるが型そのものを表現できない。実は、デジタル技術だけでなく、あらゆるアナログの道具でも、言語でも、型そのものは表現できないと思う。道具や言語にできるのは型の理解を助けることのみで、型の伝承は常に不完全であるという宿命を持っているのかもしれない。（でも、不完全であることは、おそらくいけないことではない。）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;本書に、重いものを持って動かすときの動きと軽いものを持って動かす動きは動作する人にとってはかなり違うはずだがモーションキャプチャでは同じA地点からB地点からの動きしかとらえられないのではないかという疑問に対し、モーションキャプチャによる伝統芸能の記録している方が、手だけでなく全身の動きを記録すれば例えば重いものを動かしているときは腰が残っているといった違いが出るだろうと答えるエピソードがある。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;デジタル化の精度が高くし、また、デジタル化する範囲も広くすれば、現象の記録の不完全性による問題はかなりなくせるだろう。しかし、ここで問題が一つ残る。伝承したかったのは、AからBへの微妙な動かし方の差だったのだろうか。例えば、AからBへの手の動かし方が腰の動きとの連動も含めて正確にコピーされていても、型から総合的に見るとまったく適切でない動きだと評価されることもあるかもしれない。反対に、型を押さえていれば、手はAからCへ動かしてもよいのかもしれない。では、何が型なのかをどうやって知ればよいのだろうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;私は、第3者（例えば研究者）が型の本質を分析して、これが型であるとモデルを提示するというアプローチでは成功しないだろうと考えている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ではどうしたらよいかという点については、民俗芸能の踊りをモーションキャプチャをしてCG化したDVDが2種類に分けられるという話にそのヒントが隠されているような気がしている。一つは比較的平易にアレンジした踊りを誰にでも踊れるようにわかりやすく教えるためのDVD、もう一つは民俗芸能を保存することを目的とした、特に教え方というものがないDVDである。前者は家や運動会で楽しく踊るためのものであるから、形のコピーで目的を達せられるが、後者は型の伝承まで踏み込んでいるため、DVD製作者が教え方まで用意できないのである。つまり、デジタル技術の提供者の役割は、材料の提供であって、解釈は習う人と教える人（おそらくわざの伝承の域に達するには独習では難しいだろう）に任せたほうがよい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;このことは、アーカイブとしてのデジタル化と伝承のためのデジタル化が異なるという論点にも深く関係している。本書ではアーカイブでは定型化する必要があるという意見も出てくるが、私はそれが本質ではなくて、おそらくアーカイブで重要なのは見る人にとっての再現性である。一方、伝承で重要なのは伝授者の型の理解を助けることであり、そのために必要であるならば再現性が犠牲にされてもよい。前者はできるだけ多様で精度の高い情報をとることで現在の技術水準でもかなりのものが達成できるが、後者は実践者の試行錯誤が必要で、技術はその試行錯誤を支援する存在でなくてはうまくいかない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;デジタル技術だけではなかなか実現できないことの第2は、伝承がおこなわれる舞台装置（場所の雰囲気、道具立て、儀式、師匠と弟子の人間関係、地域全体の教育の仕組み、神様との関係・・・）である。わざの伝承はこれまでも舞台装置とセットでおこなわれてきたし、今後も伝承に何らかの舞台装置は欠かせないだろうという点である。文化的な文脈の理解が欠かせないようなわざを完全なデジタル環境で伝承することが難しいであろう有力な理由がここにある。ただし、技術の変化、また時代環境によって当然舞台装置のあり方は常に変わっていくものであるから、その一部がデジタル技術で用意されてもおかしくはない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;第3は、学習対象と学習内容の全体性である。西洋芸術の場合、わざの体系は技術の要素に分解され、易しいものから難しいものへと順番に体系だてて教えられるが、日本のわざの教授ではまず作法のようなものを教えられてから、いきなり作品から入り、ひたすら師匠の模倣をさせられる。形の模倣を繰り返すうち自然に型が身につき、「身体があまって」きて、次第に自分なりのあやがつけられるようになるという。韓国舞踊でも名人はかなり崩して即興的に踊っていて、それが評価されるが、これも基本の上にある趣きの一種であろう。だとすればなおさら形だけを保存しても意味がないということになる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;師匠の弟子に対する指導の仕方もダメだということははっきりと言われても、その根拠が明確には示されない。また、伝統的に弟子が師匠の日常生活をともにする（世界への潜入する）ことで、個々の技術だけでなく、生活態度や実践の場に関わる人々やモノとの関係性全体を学び取る。学習対象も、学習の仕方も全体性が要求されることは、西洋流に比べて構造化しにくく、システム化しにくいことは明らかである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;一方、デジタル技術が何かの機能を代替するだけでなく、デジタル技術を使うことによって何かが生み出される側面もある。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;まず、モデル化の過程で情報が欠落することは、デジタル化の利点でもある。例えば、踊りの初心者にとっては師匠の動きは複雑すぎてそのまま再現することはできないし、自分の技量にあったレベルに簡略化するにしてもどこをまねしたらよいのかの判断がつかない。もちろん師匠はそこのところを繰り返し伝えようとするわけであるが、言葉や身振りだけよりも、CGなどでポイントとなるところがわかりやすく表現されればずいぶん助けになる。それが形の模倣に過ぎなくても、型の理解の第一歩に違いない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;また、本書に出てくる、舞台裏で役者が演じる動きをモーションキャプチャしてCG化し、舞台上の役者と共演させる試みなど、デジタル技術が表現の新しい可能性を生み出すことも当然ある。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さらに、本書の中にも少し出てきて私が大変重要だと思っていることは、デジタル技術によって習う人が型を理解することを助けるだけでなく、伝えようとしている人自身が型の本質に新たな発見をする、という点である。モデル自身が型の本質を理解してつくられていなくても、形を再現し、かつそれを見やすくする工夫がなされるときに、非言語的な領域で理解しているものがより明確なかたちで理解できるようになる（依然非言語的かもしれないが）、というのは必ずあると思う。師匠もまた学習者である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ところで、本書では、4章に出てくる漢方医学の伝承の研究をしている川口陽徳氏との対談が滅法おもしろい。漢方医学も病気にあえて病名をつけず、全体としてとらえ、その伝承方法も名人と生活を共にして学ぶという伝統的な方法であったが、幕末から明治期にかけて漢方医道の伝統的な伝承基盤がゆらいだ時代に、（浅田飴の）名人浅田宗伯は、医道を書物によって学ぶことのできる医学、診断技法の医術、心構えや日常の関係性すべてを包括した医道に分節化することで、門人に医道の全体性を明確に意識させた。医道の伝承とは、医者と患者、書物やその他の要素との関係性を模倣し学習する場を提供することであったという見方である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;川口氏の研究内容もおもしろいが、特にすばらしいのは渡部氏との対談におけるその適切なつっこみである。（出版当時まだ博士課程在学中というのにはびっくりである。）一例をあげると、デジタル化出来るからと言ってデジタル化することが即効率的であるとみるのは間違いではないかという指摘はまさにその通り。わざをとりまく現象にはあまりに潜在的な選択肢が多すぎてそれを第三者がモデル化するのは思った以上に非効率的なのである。やはり、意味を見つけるのは当事者に任せたほうがよい。それにはそれなりの道具の用意の仕方のノウハウというものがあるはずなのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;最後に、編著者の渡部氏のデジタル化という言葉の使い方が、記号化すること、論理として操作できることと捉えられていて、実はこれはデジタル技術を使うこととイコールではなく、私の意見としては概念的な混乱を呼びやすい定義の仕方ではないかと思う。確かにデジタル化すると、コンピュータにとっては記号化されるのだが、人間にとっては記号化されるとは限らないという点が大事なのだと思っている。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>本・論文</dc:subject>
<dc:subject>研究</dc:subject>

<dc:creator>竹田陽子</dc:creator>
<dc:date>2008-04-18T22:58:31+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://yokot.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_5f9d.html">
<title>サムルノリの市民講座</title>
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<description>ちょっと縁があって存じ上げているサムルノリ奏者のリ・チャンソプさんの市民講座が4...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;ちょっと縁があって存じ上げているサムルノリ奏者のリ・チャンソプさんの市民講座が4月26日に私どもの大学で開かれることに気付きました。サムルノリって何だろうって興味がある方、お勧めです。リ・チャンソプさんのチャング（韓国音楽の基本の打楽器）の音を聞いたとき、チャングってこんなにきれいな音だったんだと思いました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://www.yoke.or.jp/yokeblog/diarypro/archives/79.html&quot;&gt;http://www.yoke.or.jp/yokeblog/diarypro/archives/79.html&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://changseop.big-site.com/live.html&quot;&gt;http://changseop.big-site.com/live.html&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>韓国文化</dc:subject>

<dc:creator>竹田陽子</dc:creator>
<dc:date>2008-04-14T23:35:59+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://yokot.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_3111.html">
<title>花粉症</title>
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<description>人に言うと結構びっくりされるのだが、ここ何年か花粉症がほとんど治ってしまった。 ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;人に言うと結構びっくりされるのだが、ここ何年か花粉症がほとんど治ってしまった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;花粉症には25年ほど苦しみ続け、鼻水は止まらず、目からは涙ぽろぽろ、顔中が腫れる感じで、一番盛りの時期には体中だるくて微熱まで出ていた私がである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今は、季節の前になると医者に行ってアレルギー剤は一応処方してもらっているが、たまにくしゃみをするぐらいの症状ですんでいる。薬はそれほど強いものではなく、以前はそんなものでは到底抑え切れなった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;はっきりした因果関係は不明なのだが、良くなったのは確か4年ほど前、花粉症の季節が来る少し前から、食後に乳酸菌の整腸剤を飲み続けるということをやり始めてからのような気がする。歳で粘膜が鈍感になったとか、たまたま体質が変わったとか、他の原因なのかもしれないが、まあ、腸の調子を整えることは悪くはないはずなので、それ以来、年が明けたら乳酸菌を飲み出すということを続けている。3食飲むのは面倒なので、今は一日1回ですむという乳酸菌粉末のカプセル（健康食品）にしている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;理由はともあれ、以前は梅が咲いてから桜が散るまでの季節は憂鬱でしようがなかったのだが、春を思いっきり楽しむことができるようになった。これは本当にうれしい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://yokot.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2008/04/01/pa0_0006.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Pa0_0006&quot; height=&quot;400&quot; alt=&quot;Pa0_0006&quot; src=&quot;http://yokot.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/04/01/pa0_0006.jpg&quot; width=&quot;300&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/a&gt; &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;近所の桜の大木。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>いろいろ</dc:subject>

<dc:creator>竹田陽子</dc:creator>
<dc:date>2008-04-01T18:04:00+09:00</dc:date>
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<title>ホットミルク</title>
<link>http://yokot.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_0396.html</link>
<description>息子が毎晩寝る前にホットミルクを飲むので、私も相伴にあずかっている。 なんでも、...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;息子が毎晩寝る前にホットミルクを飲むので、私も相伴にあずかっている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;なんでも、私がいない間に学校がすごく忙しい時期があってあまりに疲れるので（ごめんね・・・）、彼なりに考えてGoogleで疲れをとる方法を探し、ホットミルクを飲む習慣がついたらしい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この1年間、夫もいないことが珍しくなく、何事も一人で何とかしなくてはならない生活で、彼はずいぶん成長した。帰ってきたら、会話の量が増え、話す内容も1年前よりもずっと大人になってびっくりしている。この4月から高校生である。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>いろいろ</dc:subject>

<dc:creator>竹田陽子</dc:creator>
<dc:date>2008-03-30T08:51:43+09:00</dc:date>
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