22 posts categorized "韓国の伝統舞踊"

2008.03.02

1号

帰国前日は、ばたばた用事を片づける合間に、H先生に会いに行った。

前にも書いたと思うが、H先生は、私と同じように米国から訪問研究に来て韓先生に誘われて踊りにはまってしまった1号である。私が踊りを始める頃帰国されたのだが、半年後に文字通り「舞い戻って」、さらに半年滞在されている。

いろいろな事情で結局一緒にレッスンを受けたのは数えるほどだったのだが、日本語を流暢に話されるので、先生や仲間の話を通訳していただいたのが大変ありがたかった。どうもいつもついつい甘えてしまってすみませんでした。

彼女の専門は植民時代の日本語の文学で、韓国や日本にいてはかえって研究しにくいことを米国で客観的な立場から研究されていて、これからの発展が楽しみである。これから踊りの研究もされるかな?いずれにしても、不思議な縁で長いつきあいになりそうである。

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2008.03.01

研究者達

最後の週末は、まず、お世話になったソウル大学日本研究所所長の韓先生のご自宅を訪問した。

昼食をということだったが、着くなり話し込んでしまい、食べたの3時頃。何を話し込んだかということ、やはり踊りの話である。

韓先生は長年の夢だった伝統舞踊をチョン・ジュミ先生の元で16年前始められた。最初の頃は純粋な楽しみで、ご自身の研究分野である社会学にリンクさせることはなかったそうだが、最近は、踊りの社会的構成のような研究をされている。日本にもたびたびいらして、在日の舞踊家のインタビューもされている。

実は私も日本に帰ったら、踊りそのものの研究ではないが、踊りを研究フィールドの一つにすることをもくろんでいる。一緒に何かおもしろいことができたらよいですね、という話になった。時々、ちゃんと練習しているかチェックしに行きますよ、と言われた。さぼっているとすぐばれてしまいそうだ・・・

夜は、3次元CAD関係の共同研究者のイム・チェソン先生、日本にいらしたころから存じ上げているイ・ヒョンオ先生、やはり日本に留学されていたハン先生の3人と食事をした。以前なら考えられなかったことだが、最近はすっかり開き直っているので、自分の踊りの動画と写真を3人にお見せしたら、大好評であった。

韓国人であっても自国の伝統舞踊を身近に接しているとは限らないようだ。サムリノリをされているイム先生はさすがにある程度ご存じであったが、イ先生は見たのもまったく初めてという感じだった。でも、日本人がこれだけ韓国の伝統文化にはまったのが嬉しいという感じで、話は大盛り上がりだった。

韓国は何と言っても市場が小さいので、芸術や伝統文化が健全に発展していくには、海外にも目を向ける必要がある、という経営学者の集まりらしい話になった。日本は、現在の韓国よりは文化的、芸術的なものに支出する余裕がある上に、もともと文化的共通点が多く本質的に受容されやすいので、よい市場であるはずである。ドラマなんかより、もっと本格的な韓流だ。

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2008.02.29

お別れではない

発表会後、踊りの師匠のチョン・ジュミ先生に改めて挨拶をしに行った。8か月弱の濃密な時間は終わったが、でも決してこれでお別れではない。

自らの身体を芸術として表現する方と、私のような理屈を振り回している人では、本当に今まで生きてきた世界が違うと思うのだが、先生は私のある部分が非常によくわかってらっしゃるし、私も先生のある部分についてリアルなぐらいよくわかる。たぶん、互いの中に自分の中にあるもの、今まで気がつかなかったものを見つけたのだと思う。だから、互いの存在を刺激的に感じ、片言の不自由な会話なんか飛び越してしまう。私にとってきっとちょっと滅多なことでは出会えない方なのだ。

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2008.02.28

発表会の打ち上げ

発表会の後、グループレッスンを一緒に受けているチームで打ち上げに行った。

打ち上げと言っても年齢は40代から50代の女性ばかり、お酒はちょっと、食べ物はしっかり、おしゃべりはたくさん、あまり遅くはならないという会である。

小学校の先生2人と幼稚園の経営者、大学の先生2人という構成で、H先生以外は夫持ち、子供持ち。(学校の先生と経営者という職業は、このチームに限らずこの教室の生徒に非常に多い。見渡すかぎり先生だらけである。)

話すことは踊りの話よりも、子供の話とか、健康の話とか、夫の悪口(というほどでもないが)とか。

この日は私の最後の日なので、皆さんプライベートな少しまじめな話もしてくれた。職業を持っているだけでなく、老人介護や家族の病気などハードな生活を背負っていらっしゃる方が少なくないのを知った。普段はそんなことをまったく感じさせない明るさとバイタリティで、本当に頭が下がる。

そして、何よりこのチームの皆さんは本当に優しくて、私は言葉は通じなくてもいつも受け入れられていると感じることができ、とてもリラックスして過ごせた。

明るく優しい中高年女性は、人類の宝だとまじめに思う。

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発表会の日のこと2

会場は地域の文化センターのスタジオで、結構な広さがある。お客さんは、ほとんど出演者の家族、友達、今回出演しない教室の方々。夕方ちょっと早めの時間に始まるので、勤め人に来ていただくのは無理があったのだが、私の友達が一人仕事を抜け出して来てくれてうれしかった。

最初の演目は、女性3人による三鼓舞。スタイルがよい3人の息がぴったり合っていた。

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次の演目は、韓米日の女性大学教授3人(つまり、私のいる研究所の所長の韓先生とH先生と私)による才人庁基本舞クッコリチュム。韓先生の衣装は、なんと前の演目の途中で届いたのだが、全然動じておられなかったところがさすが。韓先生は踊りを始めて16年のベテランであり、格が全然違う。H先生は、訪問研究にきて韓先生に誘われ思いがけず踊りにはまってしまった一号で、私は二号。

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才人庁基本舞は、単なる練習用の舞ではなく、それ自体の芸術性がとても高く、毎日踊っても新しい発見がある。私は大好きである。本番でも、丁寧に心をこめて踊れたと思う。この曲が終ったとき、見ている方がわっと暖かい拍手を送ってくださったことがことが、その後のはずみになった。

引き続き、私がアリランのソロを踊る。古典と違ってさほど難しくないはずなのに、私にはなぜだか少し苦手意識がある。でも、会場の雰囲気にのせられて初めてひとりで踊るという重圧を乗り越えることができた。

その次は、教室のベテラン弟子の方々による扇散調(プッチェサンジョ)。これは、宮廷の扇舞とは全然違い、日本舞踊テイストのある粋な楽しい踊りである。でも、とても難度が高いと思う。いつか踊ってみたい。ベテランの方々の中でも、韓先生が一番光っていたというのは、私のいるチームの一致した意見だった。

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次に、私のいるチームによる、立舞(イプチュム)。これは12月の発表会で私が2度頭が真っ白になった曲。そのときは、チームの人が急に参加できなくなって急遽ベテランの方に入っていただいたりしたのだが、今日は全員揃って息もぴったりだった。チームの打ち上げのとき、これで引っかかっていたものがすっきりしたと皆晴れ晴れとした顔だった。

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この曲は、星州プリという南道民謡にのって踊る。プリだから、恨を解き放つ曲だ。いろいろな想いをごおーっと包み込んでそれを開放していくという表現ができたかどうかは疑問だが、そういう気持ちで踊った。

その後、小中学生による晋州剣舞。少女らしいしなやかな動きでういういしい。音楽も素敵。

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最後が私の晋州教坊クッコリチュム。風の音、土のにおい、青い空、流れる水の音が聞こえてくるような曲だ。仕上がったのが1週間前で特に後半は十分な動きができたとは思えないが、もうそんなことは関係ない。観客が集中して私の踊りを見てくれているのを感じ、エネルギーが体の底から湧き出てくる。こんな体験は初めてである。

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後日、韓先生の家に伺ったときに、でももう少し楽しそうな顔で踊ればよいのに、と言われた。そこで、私は大きな勘違いをしていたことに気づいた。自然と触れ合う曲だということはわかっていたが、歌声と演奏が重々しいので、もう少し壮重に踊るものだと思っていたのだ。歌詞の内容をそのとき初めてきくと、春の陽気に誘われて楽しく野山を散歩してまわるような内容だった。次はもっと楽しそうな顔で踊ります。

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発表会の日のこと1

まだうまく書ける気がしないが、踊りの歓送発表会の日にあったことを書いておこうと思う。

当日は、まず、アメリカの大学から私と同じようにソウル大学に訪問研究に来ているH先生と待ち合わせて、美容室に行き、韓国式の髷を結ってもらった。本来は真ん中わけにして固めるそうだが、きょうびはそんなことをする必要はないそうで、自然なわけ目にしてもらった。H先生が結ってもらっている間に、横でメイク。化粧を濃くするように言われていたので、自分なりに濃く。

美容室の待ち時間中に、発表会の最後にやる挨拶の原稿の校閲をH先生にしてもらった。一応、家で読む練習をしてきたのだが、直しが入ってちゃんと読めるか心配。伝わるだろうか?

人より早めに舞踊室に行くと師匠が待っていてくれた。手伝っていただいて衣装に着替え、軽く練習。

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衣装の韓服(チマ・チョゴリ)がとどいたのは前日夜で、ちゃんとした韓服を着て踊るのは今回が初めて。予想はしていたがここで問題が。チマの裾さばきが練習服とは全然違うのだ。昨晩一応持って帰って朝にも練習してきたのだが、どうやったら速い動きのときチマが足にからまないですむのか、どの程度たくしあげたらきれいに見えるのか、丁寧に検討する時間などない。危ないところを覚えておいて、多めにたくしあげたり、少しゆっくり目に動こうと、自分に言い聞かせる。

結果から言うと、本番では踊った4曲のうち、一番難しい最後の1曲の一番からみやすいところはやはりひっかかった。まあ、初めてにしてはよくやったほうかも。

でも、韓服を着てよかったと本当に思う。ひとつは気持ちが全然違うということと、もうひとつは、なぜこの動きがこうなるのか韓服を着て初めてわかったというところがたくさんあったことだ。例えば、師匠はいつも、足を大きく一歩下げるとき、足を外側に軽く蹴るように回して踏み込んでいて、ああかっこいいなあと思っていたのだが、見かけの問題だけでなく、チマの裾を捌くという実用的な意味があったのである。

そのうち群舞を踊る子供たちがやってきたりしてばたばたしてきたので、H先生と会場へ。会場は歩いて5分ぐらいのところだが、雪が残っている道をチマを思いっきりたくしあげ、ダウンコートをはおり、ブーツを履いて移動する姿は人にはちょっと見てほしくない姿だった・・・

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2008.02.27

心が伝わる共鳴する

踊りの歓送発表会が終わって丸二日たってこの記事を書こうとしているが、まだ余韻が生々しすぎて上手く言葉にすることができない。

踊り始めた時、この1年間の特別な時間と、特別な空気、特別な出会いを想って、ただ丁寧に感謝をこめて踊ろうと思った。1曲目が終わって、見ている人々が一瞬息を止めて、わあっと歓声をあげてくれたときに、その気持ちが伝わったのがわかった。そのエネルギーが私の中にすーっと入ってきて、次の1曲、その次の1曲と進むたびに見ている人、一緒に踊る人と共鳴するようにどんどん心が大きくゆさぶられ、最後のソロでは、周囲からもらったエネルギーが体中に満ちて、それに突き動かされるように踊っていた。

踊りが終わった後の話で、師匠は、最初私が来たときには言葉も通じなくてどうしようかと思ったが、ちゃんと通じた。心が通じていなければこんな踊りはできません、とおっしゃった(と通訳してもらった)。子供たちが、かわいい日本語で、すごく良かったと言いにきてくれた。皆さんから暖かい言葉をたくさんいただいた。

最後まで私の勉強不足で言葉は大して通じないままで申し訳なかったけれど、皆さんの心は本当に届いていましたよ。

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2008.02.25

才人庁舞踊(韓国の伝統舞踊)日本語ホームぺージ

私が習っている韓国の伝統舞踊、才人庁舞踊(ジェインチョンチュム)を多くの方に知っていただきたくて、才人庁伝統舞踊伝承会から資料をいただき、日本語訳してホームページをつくりました。

私は韓国語初級者なので、一応日本語の上手な韓国出身の方のチェックは受けましたが、翻訳に誤りがあるかもしれません。なにせ韓国人でも普通は知らない歴史用語や芸能用語がたくさんでてきますし・・・。でも、大意としては間違っていないと思います。

写真もたくさん載せているので、ご興味のある方はぜひご覧ください。

才人庁舞踊のご紹介

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2008.02.24

踊りのいろは

歓送発表会を前にした週末、たぶん最後の個人授業で、踊りの師匠が私に教えてくださったことを、先生が使われた韓国語での表現も併せて書いておこうと思う。内容は、踊りのいろはのようなことである。

***

踊りにおいて大切なことは、踊りの順序(순서)ではなくて、いかにこなれたものしていくか(다듬다)磨き上げるか(연마하다)である。

踊りの流れでは、呼吸を伴って強弱(강약)をつけるが、節目節目の動作の開始(시작)は、普通はかなり強い강である。ここには、奮(분)がきて、踊りの中で目玉になる場面(눈대묵)、核心(핵심)となる。

  • 눈대묵にはいろいろバリエーションがあって、(開始の部分は通常はふんばり、2拍めで重心を下げるが)裏返って(뒤집다)1拍目で重心を下げるのが으덩。こういう動作に妙味(묘미)がでる。
  • 晋州教坊クッコリチュムの場合、音楽に엇박(いわゆる弱起)が使われていて、自由奔放(자유분방)な感じを出している。시작の冒頭で一瞬ためる呼吸が大事。

시작の次に弱(약)の中間(중간)の部分が続くが、ここでは雰囲気(분위기)を出す。

動作が流れるように変化する部分は다르르르르となめらかにつなぐが、これを이음새という。

次の踊りの節目に移る前に締めくくり(맺다)仕上げ(마무리)をおこなう。ここを丁寧に納めて次につなげること。

  • 基本舞で最後に左回りに回るのは、自然へ帰ること(자연으로 돌아간다)、回帰(회귀)を表している。

***

韓国語初級者の私がこんな高度な言葉をそのまま理解できるはずもなく、実際には踊りを中断して師匠が紙に書いてくださるのを私が辞書で調べて理解している。当然すごく時間がかかるわけで、この日は、昼食にウルミョン(あんかけ麵?)の出前をとっていただいたのだが、あまりにも出前が早く来すぎて、レッスンがひと段落ついて二人で食べ始めたときには、麺がすっかりのびてしまっていた。きっとあのときのウルミョンの味はいつまでも忘れないだろう。

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2008.02.22

おばさんナイト

私が帰国する前に、伝統舞踊の教室で私の送別発表会を開いてくださることになっている。

私は何と4曲踊るのだ。最後に一人で踊る結構難しい踊りは発表会の1週間前にやっと最後まで終わるという状態で、韓国に来て気合い勝負なのにはだいぶ慣れてきたとは言え、これはおそらく今回最大の大胆なイベントである。本当にどうなることやら。

衣装も今回はちゃんと韓服をつくろうという話は前から出ていたのだが、話はすすまないまま旧正月も明け、これは間に合わないから練習服になるだろうと思っていたら、さにあらず。こちらではオーダーメードの韓服が1週間でできあがってくるのだ。発表会の8日前に注文して、5日後に仮縫い、前日にできあがってくるという。さすがだ。

というわけで、先日、教室の同じチームの方々と夜のレッスンの前に急遽韓服の注文をした。デザイナーが来て、生地見本を見て、色と形を決めるのだが、これがなかなかおもしろかった。

私のいるチームは、40代、50代の皆仕事を持っている女性で、いつもは大変落ち着いた雰囲気で優しい方ばかりなのだが、やはり服のオーダーメードとなると、これがよいか、あれがよいかと、皆目の色が変わる。まあこういうとき必死になるのは、どこの国でも女性として当然だ。

チームでチマの色を揃えるという話になっていて、この色だなと思っていると、話が漂流して突然全然違う色になっていたりして、本当にばたばたであったが、最終的には私としては満足できるところに落ち着いて良かった。値段を聞くと、予想の半分ぐらいで、おそらく街中でオーダーするよりだいぶ安いと思う。韓服用の下着一式もおまけでついてくるという。

ところで、おもしろかったのは実はそれからである。注文が終わって、いつもより遅く皆は練習を始めたのだが先生がなかなかいらっしゃらない。やがて先生が憮然として出てきて、何やら話し始め、途端に教室の雰囲気が今まで一度もない程とげとげしいものになった。

通訳してもらうと、こういう話であった。値段がどうも安いので、先生がこれはヨウコサン(私)が日本に持って帰るものなのだから、ちゃんと作ってねと繰り返し念を押したくれたらしい。すると、デザイナーが急に慌て出し、この値段で作るのだから安い縫製に出そうと思っていた、ちゃんと作るのならばこの値段ではできない、5万ウォン(6000円ぐらい)値上げして欲しいと言い出した。先生も皆も、一度そちらから言った値段なのだし、そもそも悪い品質のものでよいと思っていたのかと、かなり気分を悪くしたという次第である。

私としてはそのぐらいの値段の差ならば縫製が良い方がよいし、皆もそう思ったと思うが、そのままでは収まらないのが面目躍如なところである。皆簡単には引き下がらず、それならば他にちゃんとサービスしてよと要求が出始めた。ノリゲ(装飾品)でもつけてね。いや、安物のノリゲは嫌だから、他のものがいいわ。あなたの誠意をちゃんとみせてちょうだい。という感じでおばさん軍団の迫力に押されて、デザイナーの若い女性は何だか泣き出しそうな顔であった。

さてどんなおまけがついてくるでしょう。楽しみである。

ちなみに、これは地元の商店街の韓服屋さんで自分で買ってみたノリゲ。

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単色のシンプルなものにしようかとも思ったが、いろいろな色が入っているとどんな色にも合わせやすくてお得ですよ、という店の人の言葉におばさんらしく乗ってしまった。

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2008.02.06

退歩

今日は旧暦の大みそかで、今日から3日間は祝日である。1月1日も祝日だがあまり正月気分がなかったのに対し、今はちょうど日本の三が日のような雰囲気で、店はだいたい閉まり、大きな箱入りのみやげを持ってお年始に親戚の家などに行く人々をたくさん見かけた。

さて、旧正月には普通学校も教室も休みだが、今日も伝統舞踊の個人授業をしっかりやっていただいた。あさってもやるとのこと。先生も家庭があるのに誠にありがたいことである。

祝日で先生にも気分の余裕があったので、辞書を引き引き、片言会話で今日はいろいろ話をすることができた。

印象的だったのは、退歩という言葉であった。

踊りの道は前に進むことは10%ぐらいで、大部分は途中下車をする旅だ。踊りというものは毎日毎日違う。人に教えていても、観客の前で踊っていても、自分の内なるエネルギーと人からもらうエネルギーによって踊りは常に変わっていく。毎回新しい発見がある。それは、進歩というよりも退歩である。

本当の片言で話しているので不正確だと思うが、このような話であった。確かに初心者でも、同じ踊りを踊っていても毎日違う感覚があるのがわかる。踊りに体調とか心理状態とかその場の雰囲気が反映されるのである。観客とエネルギーをやりとりするような域にはほど遠いが、公演を見ていると人に感動を与える踊り手はそれを成立させていることがわかる。

師匠が踊りを舞踊界のものにせず、広く人々に接してもらいたいと考え、実際に老人が楽しく踊れる踊りを開発したり、踊りの基本動作を体験してもらいつつ文化を語る一般向けの講演を熱心にされているのも、普通の人々のエネルギーを引き出し、また自分の糧にする踊りの力を知っているからに違いない。それは、特定の方向性のある進歩ではなく、立ち止まり、深め、広げていく歩みである。

今は、普通の人が伝統舞踊に接する機会が少ないのが問題だと師匠は言う。確かに、踊りの公演に行っても一目で舞踊界の人とわかる人ばかりで、見る人が限られているのを感じる。日本の歌舞伎や能、狂言などは、一般に広く親しまれているかどうかは別として、少なくとも常連客という層があるというだけでも韓国よりは状況がよいかもしれない。常連客という韓国語を辞書で調べて師匠に見せたら、そうそう、それが欲しいの、良い言葉ですね、とおっしゃっていた。

踊りの習得過程は2段階(もっと先があるかもしれないが、とりあえず)あって、第1段階は一通りちゃんと踊ること、第2段階は、もっと自由に、深い味を出して、エネルギーを自然な動作に変えて踊ることであるという話も出た。今日は、そろそろ第2段階に入りなさいと言われたが、うーむ、後4週間でその入口にすら行けるかどうかわからない。

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2008.01.24

感情の処理様式

今日は良い天気であったが、昼の12時でもマイナス7度。室内はオンドルのおかけでいつも20度前後に保たれているので、出かける用がない日は外がいくら寒くても関係ないはずなのだが、隙あらば冷気が忍び寄ってくる感じでお腹をこわしがちである。

さて、私には韓国文化を語る資格などないのだが、DREAMS COME TRUEの古いアルバムを聴きながら伝統舞踊の表現のことを考えていて(なぜに?)、感情表現の日韓の違いについてちょっと考えたことがあったので、いい加減な内容だが少し。

ドリカムの「朝がまた来る」という曲は私は名曲だと思うのだが、これは、彼氏との関係が破局して、私はどうしようもない気持ちのままここにいる、という歌である。曲調は暗くなくパワフルなのだが、明日の朝になれば歩き出せるよという安易なメッセージではない。主人公は、明日朝がまた来てもあなたがそこにいるわけでもなく、当分私はただここに立ちすくんでいるしかない、でも、それでもいつかはこの想いは空に昇っていく、そのときはまた歩き始めることができる、と考えている。ああ、そういうものよねえと思うのだが、よく考えてみると、これはすごく日本的な感情の処理様式なのではないかと思い至った次第である。

あまりたくさん読んでいるわけではないのだが、韓国の文化について書いてあるものには、「恨」という概念が出てくる。恨は単なる恨みではなく、世の中のいろいろなどうしようもない辛い感情をぐっと内面にため込んでいる状態であるようだ。そして、そのたまったエネルギーを、「興」としてポジティブなエネルギーに変えてポンっと噴出し、さらには、もっと広大なスケールの世界に高め昇華させていく「神明」の境地に達するのだという(不正確だと思います。すみません)。このような感覚は、伝統舞踊を見ていても、何となくだが感じることができる。

朝がまた来るの主人公も同じくどうしようもない気持ちを抱いているが、それがポジティブに変換されるまで内面に閉じ込めておくというようなエネルギーを持っていない。それよりも、いつか流れる水に洗われて少しずつ消えていくだろうというような感覚に身を任せ、とりあえず今日を生きていくのである。

韓国の人はそれを内面に溜めてプラスに変換できる日まで待つというのだから、実にエネルギッシュである。やがて個人の内面を超えてもっと高次元の世界に近づいていこうとするところは共通しているが、人間も自然の一部として一体化させてしまう日本人と、天と地の間に人がいると考える朝鮮半島の人々という世界観の違いがあるのかもしれない。

常日頃、韓国の人々はいざとなったときの集中力とパワーがすごいなあと思っていたが、こういう文化様式と関連があるのかもしれない。日常の喜怒哀楽の感じ方は韓国人と日本人との間にあまり差はないと思うが、それを処理していく様式のようなものが違うというのはありそうなことである。

ちなみに、私の踊りの師匠の表現は、感情豊かで常に前向きなご本人の性格を反映して、ネガティブな暗さがほとんど感じられない。感情のエネルギーが最初から陽転しているというか。そういえば、ドリカムの吉田美和もそうだ。そこが私は好きなのである。自分と比べるのも何だが、吉田美和と私は同い年だし、師匠は2歳上なのでだいたい同世代である。世代的に通じるものがあるのかもしれない。

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2008.01.19

技能の学習・伝承に関するメモ2

前回書いて以来、新しく気づいたことを書きとめておく。

これが技能の学習・伝承のデジタル支援にどうつながっていくかまだ明瞭に見えているわけではないが、きっと関係があると思う。

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今年になって個人授業をアメリカの大学の先生(H先生としておく)と二人で受けることになった。これは私にとっては誠にありがたいことで、H先生は韓国系だが日本の近代文学が専門で、日本語が大変お上手なのだ。師匠の話を通訳してもらえる!

さて、先日、師匠にイプチュムという踊りを見ていただいたとき、少し距離を置いたところで見ているような感じで踊るように、という指導があった。うーむ、初心者になんと言う難しいことを。

素人のまったくいい加減な感想にすぎないのだが、私が今まで習ったものや師匠や先輩方が踊っているのを見て、この非常に限られた範囲では、大きく分けて2種類の踊りがあるような気がする。一つ目は、人間の内面をにじみ出させるような踊りで、このイプチュムやサルプリチュムがそれにあたる。二つ目は、外に向かって開かれた踊りで、才人庁基本舞や今習っている最中のチンジュキョバン(晋州教坊)クッコリチュムがそれにあたる。

師匠の指導は、イプチュムのように人間の内面を出すような踊りであっても、きっとストレートに押し出すのではだめだということなのだ。

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何でそうなのか、今日、H先生と踊りの公演を見に行って少しわかったことがある。

今日の公演は盛りだくさんで8人の踊り手がそれぞれ多様な踊りを披露したのだが、一番良かったのはトッペギチュムという重要無形文化財でありながら普段は農業をされているというイ・ユンソクさんの踊りだということでH先生と私の意見が一致した。失礼ながら登場されたとき、まるで裏方の人が間違えて出てきてしまったような風情だったのだが、踊りが始まると自然で素朴な動きでありながら心を打つ踊りであった。

今日の出演者は皆相当のテクニックをもった方ばかりだと思うのだが、イ・ユンソクさんのように心を打つ踊りと、あまり心動かされない踊りに分かれていたように思う。帰りがけにH先生と話したことは、踊りはテクニックではないのだねっ、ということだった。

もちろんテクニックも大事なのだが、その上で人の心を打つには別の何かが必要なのだ。

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それで気づいたのは、当り前のことだが、踊りというものはそれを見ている人がいて成立するものだということだ。初心者である私は、踊っていて楽しいから踊っているのにすぎず、恥ずかしいのでできれば人に見られたくない!という気持ちは否めない。でも、踊りは本来そういうものではないのだ。

師匠に言われた、少し距離を置いたところで見ているような感じで踊る、というのは、自分のために踊っている限り決して到達できない。自分の踊りを見て感じてくれる人が存在して、その人の心を動かすためには、内面から何かを出すのだが、それを少しだけ距離をおいて制御して、観客に響かすことが必要なのだ。これは、表面的なテクニックではなくて、踊りに対する態度のようなものかもしれない。

今日の公演ですばらしい演技をした人は、表現の内容に関わらず、踊り手と観客が共鳴するような場を創り出す態度を持っていた、ということではないか。しかし、言うのは簡単だが、実現するのはすごく難しいことだと思う。ただ練習すればよいというものではないのだから。

(そういえば、のだめカンタービレも、テクニックと内的表現力は十分ある人が、観客と共鳴する場をつくるための態度を学習していくというような話ですね。)

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先に書いた二つ目の種類の踊り、外に向かって開いた踊りも観客の心に響くような態度が重要なのは同じだが、少しあり方が違うかもしれない。他の人が文章だけ読んでも全然イメージがわかないと思うが、自分のために考えたことを少し書いておく。

才人庁基本舞(タリョンチュム+クッコリチュム)は、無色透明で、表現するものが天や地や人、つまりこの世の成り立ち。すごく抽象的だ。私は勝手に、踊り手が小さな宇宙を作り出しているというイメージを持っている。

チンジュキョバン(晋州教坊)クッコリチュムは、やはりスケールの大きい世界を相手にしているが、空の広がり、風、大地といった基本舞よりは身近なものと会話している感じ。私の勝手なイメージはソッテ

このような開かれた踊りのときは、表現する内容がそもそも「私」から少し離れている。もっと普遍的な層から観客とつながる感じだ。あくまでの素人考えで、ではどうやればそういう域に達するのか皆目わからないけれど。

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2007.12.30

技能の学習・伝承に関するメモ

前々から、組織に存在する知識や技能を伝承したり、学習を促すために情報技術をどのように使ったらよいのかに興味を持っていたのだが、韓国に来て図らずもそのテーマを考えるのに大変良い経験を得ることができた。今までに何回か書いているが、韓国の伝統舞踊を習うという機会である。

情報技術を使うというと、明示的、構造的な知識を保存するという発想になりがちだが、私が目をつけているのは、「言葉にしにくいものを理解する」ことを情報技術が支援できるのではないかという点である。

言葉にしにくいものの理解というのはあらゆる局面で存在するが、踊りを教える・習う場では、理解させよう・しようとするもののほとんどが言葉にしにくいものである。それに加えて、私のケースは、先生との間で言葉があまり通じないという、なかなかおもしろい状況にある。

おもしろいと他人事のように書いているが、実際のところ言葉の問題で、簡単な伝達事項すらわからなくて行き違いがあることは時々あり、また、概念的な話を一方的にされるとまったくわからない。しかし、踊りの学習については、私もおそらく師匠の方もほとんどストレスを感じていないし、韓国人の他の生徒に比べてコミュニケーションが不足しているということはまったくないというのが実感である。これがなかなか不思議なところである。

さて、まだ全く論じたりする段階ではないのだが、今現在経験していること、感じたことを後々のためにメモしておこうと思う。現在踊りを習い始めて5か月ちょっと、4曲目に入ったところで、グループレッスンと個人指導を週に1回ずつ受けている。

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最初の指導

1つの曲は長く複雑であるので、曲を細かく切って少しずつ進んでいく。どのぐらいで切るかはその部分の難しさと習う人の能力によると思うが、私のクラスの場合、わずか数小節で終わることがある。

1節を初めて習うときは、まず先生が踊ってみせるのを見よう見まねでまねをする。当然簡単にまねできないので、何度も繰り返すことになるが、繰り返しながら先生がポイントとなるところを伝えようとする。

その方法として一番よく使われるのは、先生が動きを強調するようにリズムを歌う方法である。これにはある程度決まった表現があるので指導法として伝承されているのかもしれない。(部分的な指導だけでなく、師匠は1曲全部をこのように歌いきることができ、それを聞いたときはちょっとぞくっときた。)

それからもちろん動きを部分的にスローモーションにして強調したり、言葉での指導もある。ちょっと複雑なことを言われても、身振り付きならばまあほぼわかる。言語として完全に理解しているのではないのだが、非常に状況に埋め込まれているので、塊としてわかるという感じである。

何回も先生と一緒に動いてみて、何とかついていけるようになったら、一人でやってみることになる。たいていは、先生が掛け声をかけながらチャングという鼓を大きくしたような打楽器をたたくのに合わせて踊る。これが毎度のことながら一番つらい瞬間である。先生の横ならば何となくできていたはずのものが、見事にまったくできない。手足の動きはばらばら、短いフレーズでも次に来る動きが思い出せなくなる。

そこを先生が辛抱強くもう一度教えなおし、またやってみてだめならもう一度教えなおし、ということを繰り返す。ある程度動けるようになると音楽にのせて前から通してやる。レッスンの終りのころには一人で何となく動くことはできるまでにはなるが、まだいろいろおかしい、ぶざまな動きであることを自分でも感じている。

ちなみに、私はこの最初の指導での飲み込みは年齢と初心者だということを考慮してもかなり遅い方だと思っている。

理解したことを確認する

夜遅くても、レッスンが終わったらその日のうちに復習しておくのが大事だと思っている。個人授業のときはデジカメ動画で師匠の手本の踊りを撮らせてもらえるのでそれを見ながら、動画がなくても思い出せる範囲で何度もやってみる。繰り返す回数は、自分の理解したことを確認して翌日までに忘れない程度である。

このとき、自分の理解したことと、自分が実際にできることにはギャップがあり、そのことを私自身が自覚しているということが重要である。つまり、この踊りに関するイメージは、初回のレッスンでまだまだ不完全であるができていて、でも体がまだそれを再現できないのである。

理解したこととできることのギャップを埋める

このギャップを埋めるのに、毎日朝と寝る前に練習して、たいてい数日はかかる。ギャップを埋める方法は、ここがおかしいと思うところを繰り返しやってみて、動画を確認したり、言われたことを思い出したり、時には少し客観的に考えてみたりする(「基本は合理的にできている」)。

1回習った時点で理解していることは、たいてい間違いを含んでおり、もちろん全体に非常に未熟である。しかし、翌週のレッスンまでに、理解している範囲については実際にはできない、ということはほぼなくなっている。理解したことは相応の努力をすればできるようになるということは、(もちろん私がまだほんの初級にあるからそういうことが起こるのかもしれないが、)私にとっては新鮮な驚きである。楽器の習得やスポーツでも同じようなことがあるのだろうか。

身体的なイメージ

体で覚えるということをよくいうが、体で覚えるということにも理解と実現という2段階があり、理解をすることが実現可能性を(100%ではないかもしれないが)生むということなのかもしれない。体で覚えるときの「理解」のかなりの部分は言葉で表現できない。無理に言葉で表現しようと思えばある程度できるかもしれないが、それは比喩であったり、後付けの論理にすぎず、実体は一種の内的なイメージのようなものである。

実践的には、このイメージから直接どう踊るべきかを知るというよりも、そのイメージを基準に自分の動きが「違う」かどうかを判断しているように感じている。違う、違う、と思いながら何度も繰り返すうち、これなら許容範囲かな、これは結構いいんじゃないかな、という動きに達するのである。

吉田秋生の夜叉というマンガに、遺伝子操作により神経の伝達能力が異常に発達した主人公が拳法の達人の動きを1回見ただけで再現してしまう場面がでてきたが、例え私がそのようなうらやましい脳を持っていたとしても、先生の動きを寸分たがわずコピーできれば良いのかというとそうでもないような気がする。ある踊りを習うということは、動きをコピーすると言うことではなくて、踊り手が持っている身体的なイメージを伝えるということ、それが体で覚えるときの理解ということなのかもしれない。師匠が弟子にいかに厳格に教えても、体の構造や身体能力、脳の働きは人によって、また、状況によって異なるから、結果的に表現される踊りは決して同じにはならない。

ところで、イメージと言うと視覚的なものに思えるが、そうでもないのである。先生の動きを見てまねをすることが学習の最初のステップであり、動画を見ることも理解を助けになるのは確かであるのだが、その絵が頭にあって判断しているわけではなく、自分自身の動きを直接体で感じてこれは違うとか判断しているようなのだ。だから自分の動きを鏡で見ることのできない家での練習も可能である。(チェックできたほうが便利なときもあるが、意外に必要ない。)

それから、耳から来る感覚も大事なようである。習っている曲の音楽を最近まとめてもらったのだが、家で練習するときに音楽がある効果はめざましかった。韓国の伝統的な音楽においてはリズムが非常に大事でなかなか複雑にできている。(大曲になると転調ならぬ転リズムが何回もあったりする。)細かい動きがわからなくなったとき、リズムをよく聞くとそこに答えがあることがある。

2回目以降のレッスン

次にレッスンに行ったときは前回の復習からやることになるが、このとき、間違えて覚えていることや、よくわからなかった部分がほぼ直されることになる。このとき新たに得た理解を持ち帰って復習すれば、とりあえず踊るという低いレベルではあるが、第1段階は完成である。

その後、全体の通しや前にやった曲を踊る機会はたびたびあるので、2回目までに直しきれなかった部分やさらによくするための指導は随時入る。それから、もう一つ重要なフィードバックの機会は、先生が一緒に踊ってくれる時である。タイミングや呼吸、表現などを覚えるのにはそれが一番でよいだけでなく、ある程度覚えた時点で上手い人と踊るというのはなかなかの醍醐味である。

また、特に指摘されたわけでもなく、だいぶ時間が経ってから、ある時自分で踊っていて突然気づく、ということもある。自分で突然気づくことは、大抵何か重要なことである。このあたりはほとんど意識の外の作用で起こっているとしか思えない。(実はこのような経験は、踊りのような身体感覚中心の行為だけでなく、論理的な思考が中心であるはずの本業の研究でも時々ある。)

この間書いてみた自己流のは、2回目のレッスンが終わった時点ではまだ書けなくて、その後数週間踊りこんだ後で書けるようになる感じである。ここまで来ると、下手なりに思いきり楽しんで踊れるようになる。

これだけまじめにやっていると当たり前というべきか、自分でも上達のスピードは目覚ましいものがあると思う。昨日の発表会では緊張して見事に失敗したが・・・

基本とは何か

ところで、レッスン中の先生の踊りは、同じ踊りでも舞台公演での先生の踊りとは全然違う。レッスン中はできるだけくずさず装飾的な動きをつけず、シンプルな動きを見せてもらっているような気がする。舞台の上の踊りをいきなり見せられたら、複雑すぎて生徒にはとてもまねができないということもあるだろう。しかし、もっと本質的には、表現の部分は即興的で毎回変わっていくということだ。踊りには変えてはいけない部分と可変部分が存在し、先生が生徒に伝えたいことは変えてはいけない部分と、可変部分を変えるときに守るべきことの基本法則のようなものだと思う。

この基本原則のようなものは曲のレベルでもあるし、韓国の伝統舞踊の中のカテゴリーのレベルでもあるし、もっと普遍的な(国や時代を限らず)踊り全般のレベルでもあるように思う。そしてその大部分はなかなか正確に言葉にできない領域にある。に「4拍1セットのときは2拍目と4拍目で重心を落とす」という例を書いたが、これなどは基本中の基本のごく表層にすぎない。少しでも言語化する努力には意味があると思うが、大部分は身体的なイメージの底に沈んでいてなかなか取りだせない。

しかし、師匠を見ていると、何が基本で何が基本でないのか、ご本人の中ではかなり明確に区別できているのを感じる。はっきり言えるのは「それは違う」ということだけで、それ自体が何なのかはごく簡単な原則以外はなかなか概念化できない。それを時間をかけて伝えていくのが伝承ということなのかもしれない。

もちろん、流派によって、踊り手によって、基本に対する考え方は異なるし、師匠から弟子に伝承されるときにも、いかに優秀な弟子であっても正確に同じものが伝わるわけではない。それでも、底流に流れている何か共通したものがあるのは確かなのだと思う。

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韓国語で概念的な話をされるとわからないと書いたが、時間とお互いの努力があれば可能で、師匠とは、個人指導の休憩時間などに、筆談(ハングルを書いてもらって私が辞書で調べる)を交えて結構深い話をするようになってきている。

上に書いたことは、私が踊りを習っていくうちに自然に考えたことであるが、少しずつ話しているうちに、師匠は実はこの基本とは何かということを非常に意識的に探究されている方だということが後からわかってきた。(その話はまた別の機会にしようと思う。)言葉にしにくいものの理解を考えているうちに、それを実践で究めようとしている方に出会えたのである。

師匠のチョン・ジュミ先生とは感性的にもとても相性が良く、人生において最も大切な縁の一つになるような気がしている。私が滞在している研究所の所長のハン先生の紹介で軽い気持ちでグループレッスンに参加し始めて1か月ぐらい、まだ右も左もわかっていない(今でもわかっていないが)頃、師匠が来週から個人指導を始めるから、とおっしゃったのがこのようにハマるきっかけだった。その頃はちょっと押され気味だったのだが、今ではとてもとても感謝している。

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2007.12.29

とちった~

伝統舞踊の教室の発表会だった。

う、うー。今日は記録のためプロのカメラマンが来ていて、すごく近くに寄られて連写されたら、完全にあがってしまい、2度も頭の中が真っ白になってしまった。

もともとわりと緊張するほうではあるが、本番で真白というのは生まれて初めて。特に最近では、仕事関係で大勢の人の前で話すのは平気になっていたので油断していた。

教室の皆さんには、大丈夫大丈夫と暖かくなぐさめていただいたが、チームのみなさん、ごめんなさい~

それにしても、韓国の人たちは本番にめちゃくちゃ強いわ~

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2007.12.18

形式知?

習っている伝統舞踊は、帰国後必ず忘れていくと思うので、自己流の譜をつくり始めた。

よく見えないかもしれないが、左右の手・足、体の向き、その他について一拍ずつ位置や動きを略字で書いてある。

Test_3

これは一曲のごく一部。書いてみると、めちゃくちゃ複雑だということがよくわかった。ただでさえ一曲が長くて繰り返しがないのに、習ったものを全部書く根気がでるだろうか・・・

しかし、これを見れば、私が現時点で理解したところまではこの先も再現できると思う。ただし私だけ。それと、たぶん、一緒に習った人も略字の内容をハングル訳すればこれを見てかなり再現できると思う。

こういうのを形式知と呼びがちだが、これはどちらかというと、言葉にならない理解を喚起するメディアとしての役割を果たしている。実地で習っていない人にはこれから絶対再現はできないと思う。これ自体に自律的な知があるかどうかというと、ほとんど否だと思う。

明示的な表現がもっとはるかに標準化されていて、直接教えてもらわなくても再現できるものの典型例は西洋音楽の楽譜である。しかし、実は言葉にならない理解がそこにまったくないのかというとそうではないだろう。

特にクラシックでは楽譜を忠実に再現することが求められるが、楽器を本格的に習う人が独習でやることはまずなくて、熟達した人に習うことである楽譜に表現された明示的な指示と実際の演奏の間にある、何か言葉にならない理解を身につけていく。やがて、指導者から離れても、その理解の蓄積が演奏者の深く独自性にある表現を可能にするのだと思う。

何か明示的な表現が記録されていることと、それが意味していることが誰にも同じように明確にわかるということを混同してはいけない。実際は、ほとんどの場合、程度の差があっても、明示的な表現が暗黙の理解を喚起する点が重要であって、それは書いてあることとイコールではないだ。

学問の世界でも、ものづくりの現場でも、同じことだ。科学論文の中の数式でさえ、言葉にならない理解を喚起するという側面が含まれていると思う。

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2007.11.30

福島真人「暗黙知の解剖」

福島真人「暗黙知の解剖:認知と社会のインターフェース」金子書房, 2001年.

レクリエーションと文化体験のために気軽に始めた韓国の伝統舞踊が最近自分の研究上のテーマに結びつくようになってきてちょっとしたフィールドワークと化しているのだが、ちょうどそれにぴったりの本を持ってきていた。福島先生はいまだお会いしたことはないのだが、私と入れ違いで国際大学グローバルコミュニケーションセンターにいらした方である。

人は言葉にできるよりも多くのことを知ることができる。(「暗黙知の次元」)

人が言葉にできないけれどもわかっていることをどうやって他の人に伝えるか、というのは間違いなく重要なテーマである。暗黙知と呼んでしまうと、形式的な知識(というよりも主に言語表現)がデータベースや紙の上にあるように、人間の意識下か何かに厳然と存在している実体のようなイメージがあるが、それが実体として現れてくるのは他の人にそれをわかってもらおうとするときである。つまり、「私」が保有する「知」ではなく、他の人に理解してもらうための行為=「知ってもらうこと」が焦点なのである。

だから、本書で暗黙知の問題を習熟、伝承、徒弟制、教育制度、分業、組織に関連付けて論じられているのはとても納得できる。

日常くり返される作業も、伝統的な儀式も、一見そのプロセスを全部明示的に書き記して他人に伝えることができそうな気がするが、そこには言語化できない広大な領域が存在する。

大量生産体制が現れてテーラーイズムが席捲した時代においても、分業化された現場の作業者にはマニュアル化しきれない複雑な理解と判断が要求されたという指摘は面白かった。機械化やコンピュータ化が進むことによってルーティンワークがなくなり、人間のやることがなくなる、あるいは、人間が高度な知的な活動に専念できるというイメージはどこか間違っているのだ。

どんなに機械化されても情報化が進んでも、仕事の性質や分業のあり方は変わっていくに違いないが、ルーティンはなくならない。技術や環境が激変するときに特に問題になってくるのは、同時代や後世の人々に理解してもらわなければならない、言語表現や明示的な表現にすることが難しい部分をどうやって伝えていくかということだ。

習熟の過程と暗黙知の関係はおもしろい研究課題である。本書では、何かのタスクに習熟する過程の初期においては、マニュアル的な知識が役立つが、習熟が進むにつれマニュアルではカバーできない細部、暗黙知的な部分が前面にでてくるという習熟のフラクタル構造を提示している。

それはそうなんだろうと思うのだが、たまたま私が一昨日書いたことに関連して、何かしら明示的な表現で伝えるということが(必ずしも言語でなくてもよい。例えば、技術屋の心眼で出てきた視覚表現)、暗黙的な部分の理解を喚起する機能を持ち、習熟や伝承の過程においてはそれがかなり重要な役割を果たしているのではないかと思った。明示されることで理解することと、暗黙的な部分を理解することの間には明らかな相互作用がある。

もちろん筆者の言うとおり内省(Reflection)には限界があるし、教える者と教えられる者のおかれている状況や能力にも依存してしまう。しかし、一定の状況装置を与えることで、内省をかなり良い確率で喚起することができるのではないだろうか。例えば本書で挙げられている「指先に目があるように踊れ」といった”わざ言語”による表現(161ページ)がそれほど一般性のないものだとは思えない。ある状況とセットで用意されればかなり強力に作用するのではないだろうか。

レイヴとウェンガーの正統的周辺参加あるいは実践コミュニティがいろいろな分野で注目されているのは、一つにはこの暗黙知を伝える状況作りに関係しているからだ。暗黙知を伝える状況として徒弟制が適しているというのはポラニーも暗に言っているように思う。しかし、徒弟制を厳密な弟子入り制度のようなものではなく、かなり拡大して日常でもよく見られる、本書で言う即興の徒弟制にまで広げるとしても、そうそうバラ色ではないのは確かである。

本書で実践コミュニティによる暗黙知の学習の問題点として指摘されているのは、忙しい現場では時間的にも失敗が許されないという点でも学ぶ余裕がない、新技術によるブラックボックス化、実質的に存在している徒弟制度的なしくみが組織の階層や分業構造に適合しない、現場の作業に密着している故に日常では十分通用するレベルの技能で止まってしまう(化石化)、ルーティンが強固に定着してしまっているために環境の変化に適応できない(熟練の煉獄)という点である。この他に、現代の若者が徒弟制的なものを受け入れにくくなっている、というのも挙げられるだろう。

これらの問題点を経営の観点から逆にみると、学ぶ余裕にあえて投資する、ブラックボックス化している部分を意識して教育プログラムに取り入れる、学習の過程を考慮して分業構造や権限の与え方を考える、といった方策が考えられる。(これは奇しくも、3次元CADの導入に関連して最近私が企業の方々に申し上げていることにぴったり重なっている。)

最後の熟練の煉獄と若い世代の気質に関しては、日本の製造業が構造的にまさに直面している問題であって、簡単に解決できる問題ではないが、日本企業や組織内やサプライヤーシステムの中に暗黙にしてしまったものを再び明示化する努力がその鍵を握っていると私は考えている。すべてを明示化できると考えているのではなくて、明示化する努力をすることによって、技能やルーティンがもともと持っていた機能を見直し、現在の状況の中で再配置する契機になるのではないかと思っている。

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2007.11.28

基本は合理的にできている

韓国の伝統舞踊を習い始めて4か月を過ぎて最近だんだん、私の師匠はその踊りの腕と運命的といってよい経歴、そして何よりその発想と見識が凄い人だということがわかってきた。(師匠のチョン・ジュミ先生の話はいずれ改めてしようと思う。私の本業の研究上でもいろいろ触発され、今後何かしら発展しそうな雰囲気になってきているので、その話を含めて。)

このように凄い人に踊りの基本をゆっくり丁寧に、かつ非常に熱心に教えていただくという私にはもったいない体験をしているのだが、最近つくづく感じることは、基本というものは合理的にできている、ということである。

私の習っている踊りのレベルでは、個々の動作やポーズに難しくてとてもできないというものはなく、漫然とコピーするだけならば(私には無理だが)勘のいい人ならすぐできないこともないと思う。しかし、一つ一つの基本に含まれる、手や足の動き、重心のかけかたなどの諸々の要素がきちんとできていないと、流れるような動きにはならず、決して「踊り」にはならないようなのだ。

私は身体的な勘がとても鈍いので、この動きとこの動きがどうやってつながるのか、家でやってみるとはたと考え込んでしまうことがよくあるのだが、先生に教えていただいた基本の要素を忠実に再現してみると、まるで魔法のように自然につながるということを何度も経験した。基本はすごく合理的にできているのだ。

初歩的だが、例を一つだけあげると、一拍の3分の1ぐらいの間に体を180度回転させなければならない振りがあるとする。若い人や運動神経のある人ならば何なくこなしてしまうと思うが、中年でかつどんくさい方の私はこれを何となくやると体勢を崩してしまう。しかし、4拍1組の動きの場合は、2拍目と4泊目で重心を落とすという基本を思い出すと、回転は3拍目の頭であるから、2拍目で十分に重心を落とし、3泊目で上に向かって立ち上がる力で回り、4拍目のダウンで回転の勢いを吸収すればスムーズに無理なくできるということに気づく。もちろん、このようなことをいちいち言葉で考えているわけではなく、体で覚えたことを組み合わせて検討するわけであるが。

考えてみれば、舞踊だけでなく、あらゆる芸術、スポーツ、仕事の現場にも、たいてい基本の型というものがある。それらは長年の人智の結晶であり、新人は理屈抜きで基本の型をまず身につけることが求められることが多い。理由も説明されず何だか押し付けられるようでいやだと思うこともあるかもしれないが、実は基本の型にはちゃんと合理性があり、それを言葉で教えられるよりも、自分で発見することが重要なのだと思う。

研究者になる訓練も同じで、私は学生にまずオーソドックスな形式の論文を書くことをすすめる。発想は斬新であるほどよいが、それを実証し、他人に説得する作業は、とりあえず基本の型でやってみるのだ。本人が基本の型に含まれる合理性を深く理解してはじめて、必要ならば型から外れていけばよい。

伝統舞踊においては(少なくとも私の師匠の考え方では)基本はくずさないが、ちゃんと百人踊れば百様の踊りになり、その中でもひときわ個性的できれいなのは、基本に対する深い理解がある踊り手なのだと思う。

初心者にこのようなことを気づかせてくれるのが私の師匠の凄さである。

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2007.10.26

初心者の踊り

昨日から続く。

さて、状況がいま一つわからないまま、振りも覚えきれないまま、当日を迎えたわけだが、行ってみると公園の小さな野外劇場で、地域のお祭りのような催しだった。各種の歌あり、踊りあり、パフォーマンスあり。うちの舞踊教室の演目は、才人庁基本舞クッコリチュム(チュム=踊り)とアリランである。

才人庁とは、李朝朝鮮時代にあった祭祀や芸能を司る役所で、宮中や民間に伝わるさまざまな踊りを整理して後世に伝える役割も果たした。私の先生はこの流れを汲んでいる。

才人庁の踊りの多くは、おそらく朝鮮時代よりずっと古い起源をもち、儒教や仏教というよりも何やらアニミズムの匂いがする。詳しくはよくわからなのだが、基本舞では天や地や人の仕業を象徴的に示した動作が満載で、私は「携帯宇宙」と勝手に理解にしている。踊り手がいればどこにいても宇宙を再現できる、という役割を果たしていたんじゃないかと思うから。

さて、このように古い起源をもつ踊りを踊るのは、私には思った以上に良い経験だった。なんだか、体にパワーが満ちてくるのだ。毎日寝る前にちょっと踊るだけで、目に見えて健康になった。そして、何より楽しい。

しかし、基本舞といえどもなかなか踊るのは難しい。何が難しいって、まず上手に踊る以前の問題として、振りを覚えるのが難しい。現代の音楽やダンスのように、繰り返しのある対称的なつくりではなくて、全体に構成が不規則で非対称的で、しかも一曲が長いのだ。

あまりにも覚えられないのでたまりかねて、細切れに先生に手本を踊っていただいてビデオにとり、家でじっくり見て練習していたのだが、今日のクッコリチュムはビデオ撮りが最後まで到達しないで公演の日を迎えてしまった。

アリランはもっと現代的で、振り自体は古来の踊りより簡単なはずなのだが、いつもあまり練習時間を取らず、しかも3番はつい最近初めて習ったので全然覚えきれていない。

公演のメンバーは9人でベテランのお弟子さんと初心者が半々ぐらい。私だけでなく初心者組は振りを覚えきれていないことが最後の稽古の時わかったが、皆衣装に着替えて化粧をしたら和やかにだらだらしている。私も今更じたばたしてもしょうがないので一緒にだらだら待機。

さて、あと少しで出番というとき、誰かが「アリランの3番がわからないのだけど・・・」と言い出した。心の中で「どこまで、ぎりぎり好き?」と密かにつっこむ。ベテランのお弟子さんが「ええっ、今?」という顔をしながらも教えてくれ始めたが、「出番です」という声が。

バックステージに行くとまだ前の出演者が歌っている。すると、先生が「これは一回練習できる」と断言し、急きょみんなで外に出て一回早回しで通し稽古をすることに。ぎりぎり好きもここまで来るとすごい。

早回しだったので振りを覚えるのに足しになったとはいえないが、私は何だかもう楽しくなってしまった。そのまま、ステージに出ると、近所の人々がリラックスして観覧しているのが見えた。まったく緊張せず、最後まで楽しく踊りきることができた。

(クッコリチュムはステージの上でやっと全部覚えました。)

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2007.10.25

師匠の踊り

夜、国立国楽院まで、踊りの先生が出演する「韓国名人名舞展」を見に行った。

9人の踊りの名手が出演する中、先生はかなり高い格で扱われているのを感じた。温かくかわいらしい人柄で普段全く偉そうにしない方なのだがすごいなあ。

実際、先生の踊りは美しい。今回は若手と一緒だったのだが、速い動きなどは現代ダンスの基準からみれば若い人に比べてキレがないかもしれない。しかし、動き一つ一つの存在感が圧倒的で、群舞の中にいても際立っていた。

ジャンルを問わず、踊り手は若いころよりも中年以降のほうが味わい深くなるような気がする。もちろん、長年の修練の積み重ねがあってのことだが。若い子には出せない美しさってありますよねっ、先生。(子供の年が近いので、たぶん年はそんなに変わらない。)

さて、詳細はよくわからないのだが、明日は私も公演に出るらしい。公演といっても今日のとは全然レベルが違って地域の公民館でやるようなものではないかと思う。教室での会話は当然韓国語なので、よくわからないまま、どうやら私も出ることになっているらしい、ということだけわかったまま前日になってしまった。

始めてまだ3か月だし、何といってもやる予定の2曲とも最後まで振りを完全に覚えていない・・・いつもならパニックになると思うのだが、韓国暮らしに染まってきたせいか、割と動じていない。こちらでは、日本人みたいに完璧さを求めず、本番の気合で乗り切る傾向があるのだ。仕事のやり方などを見ていてもそうなのだが、ぎりぎりまで手をつけず、これ以上やらないとまずいという状況に追い込まれて初めてものすごい力を発揮する。

実際、稽古の最後に、先生が「何か質問がある?」とおっしゃったとき、「アリランの3番がわかりません!」という今更何を言う的な質問(大事なエンディングである)が出たので、ああ、私一人じゃないということがわかった。私を含めて教え子の大多数はおばさん。振りはちょっと習ったぐらいではなかなか覚えられないのだ。でも、まあ、きっと何とかなるでしょう。

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2007.08.18

奥が深い

研究所の所長さんのすすめで始めた韓国の伝統舞踊。

基本の立舞を習っているのだが、もともと覚えが悪い上に日本と米国に行っている間に完全に忘れて帰ってきたらもうしどろもどろに。個人レッスンで補習と相なった。

韓国語があまりできない私にも、基本的な指示は(そうバラエティがないので)だいたいわかる。しかし、練習の合間に先生がいろいろな話をしてくださる内容がほとんどわからないのが、非常にもったいない。

私があまりにわからなそうにしているので、先生が紙に書いてくださった言葉は、辞書で引くと「宇宙の原理」。ひえー、そんな深い話を。

踊りの動作には一つ一つ意味がある。例えば、回る時には基本的に左回りなのだが、それも宇宙の原理をあらわしている。というようなことが薄々わかった。

先生の踊りを動画で撮らせてもらって、家でも練習することに。チームの皆さんについていけるようにならなくては。

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2007.07.13

韓国の伝統舞踊

私のいる研究所の所長のハン教授は韓国の伝統舞踊を16年間も続けていらしていまやセミプロ級のレベルである。昨年はご自分の公演を開かれたそうだ。私が趣味でフラをやっているという話をしたら、昨日、踊りの先生の稽古場に連れて行ってくださった。

最初に、基本的なステップを見よう見まねで一緒にやらせていただいた。動きは全然激しくないのだけど、汗ぐっしょりであった。後半は、教授の個人レッスンを見学。現在かなり難度の高い踊りに取り組んでおられ、全部で20分近くかかるという。最後に踊りの先生にたっぷり模範演技を見せていただき、大満足であった。

先生の動きをみていると、微妙な体重移動とボディコントロールで、さまざまな表情を表現する。自分を解き放って、自然と一体になるような感覚は、フラにも通じるものがある。というより、踊りというものが共通に持っている性質なのだろう。

韓国の舞踊は日本舞踊のように流派のようなものが明確につくられていないそうで、それだけ民間で自然に受け継がれてきた踊りに近い形が残っているような感じがして、そこに魅力を感じる。また、韓国にいて日々感じることだけれど、日本人の感性にかなり馴染み深いものが底に流れているのを感じる。

言葉の問題はあるものの、勇気を出して、初心者クラスに入れていただくことにした。これぞ文化体験で、日本にいては決してできなことである。さてさてどうなることやら。

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