30 posts categorized "研究"

2008.04.18

渡部信一編著「日本の『わざ』をデジタルで伝える」

渡部信一編著「日本の『わざ』をデジタルで伝える」大修館書店, 2007年.

技能の伝承のデジタル支援について、ここ半年ほどいろいろ考えていた仮説や疑問のかなりの部分がこの本の中に提示されていた。私の考えていることは、それほどピント外れではなかったようである。本のレビューだけでなく研究のためのメモも兼ねているので少し長くなるが書いておく。

本書は渡部信一氏と民俗芸能のデジタル化を実践している方や研究者の対談形式で進んでいくが、議論の一つの焦点は、伝統芸能のような「わざ」の伝承において、デジタル技術でできることとできないことの境目である。できるできないと分けるよりも、旧来のコミュニケーションの仕方やさまざまな他の仕掛けとの組み合わせで新しいあり方をどう生み出していくかと考えたほうがよいとは思うが、とりあえずデジタル技術だけでは実現できないこと、見落とされがちなことをよく知ることも必要だろう。

その第1は、私も近頃まさにそのことを考えていたのだが、外形的な現象(例えば踊りならば動き)を再現することと、伝えるべきことを表現することは異なり、デジタル技術は前者は得意であるが、後者は伝えるべきことが論理で明示的にあらわらすことができない領域にある場合難しいという点である。2番目の対談に登場する生田久美子氏は前者を「形」後者を「型」と表現している。デジタル技術は形は表現できるが型そのものを表現できない。実は、デジタル技術だけでなく、あらゆるアナログの道具でも、言語でも、型そのものは表現できないと思う。道具や言語にできるのは型の理解を助けることのみで、型の伝承は常に不完全であるという宿命を持っているのかもしれない。(でも、不完全であることは、おそらくいけないことではない。)

本書に、重いものを持って動かすときの動きと軽いものを持って動かす動きは動作する人にとってはかなり違うはずだがモーションキャプチャでは同じA地点からB地点からの動きしかとらえられないのではないかという疑問に対し、モーションキャプチャによる伝統芸能の記録している方が、手だけでなく全身の動きを記録すれば例えば重いものを動かしているときは腰が残っているといった違いが出るだろうと答えるエピソードがある。

デジタル化の精度が高くし、また、デジタル化する範囲も広くすれば、現象の記録の不完全性による問題はかなりなくせるだろう。しかし、ここで問題が一つ残る。伝承したかったのは、AからBへの微妙な動かし方の差だったのだろうか。例えば、AからBへの手の動かし方が腰の動きとの連動も含めて正確にコピーされていても、型から総合的に見るとまったく適切でない動きだと評価されることもあるかもしれない。反対に、型を押さえていれば、手はAからCへ動かしてもよいのかもしれない。では、何が型なのかをどうやって知ればよいのだろうか。

私は、第3者(例えば研究者)が型の本質を分析して、これが型であるとモデルを提示するというアプローチでは成功しないだろうと考えている。

ではどうしたらよいかという点については、民俗芸能の踊りをモーションキャプチャをしてCG化したDVDが2種類に分けられるという話にそのヒントが隠されているような気がしている。一つは比較的平易にアレンジした踊りを誰にでも踊れるようにわかりやすく教えるためのDVD、もう一つは民俗芸能を保存することを目的とした、特に教え方というものがないDVDである。前者は家や運動会で楽しく踊るためのものであるから、形のコピーで目的を達せられるが、後者は型の伝承まで踏み込んでいるため、DVD製作者が教え方まで用意できないのである。つまり、デジタル技術の提供者の役割は、材料の提供であって、解釈は習う人と教える人(おそらくわざの伝承の域に達するには独習では難しいだろう)に任せたほうがよい。

このことは、アーカイブとしてのデジタル化と伝承のためのデジタル化が異なるという論点にも深く関係している。本書ではアーカイブでは定型化する必要があるという意見も出てくるが、私はそれが本質ではなくて、おそらくアーカイブで重要なのは見る人にとっての再現性である。一方、伝承で重要なのは伝授者の型の理解を助けることであり、そのために必要であるならば再現性が犠牲にされてもよい。前者はできるだけ多様で精度の高い情報をとることで現在の技術水準でもかなりのものが達成できるが、後者は実践者の試行錯誤が必要で、技術はその試行錯誤を支援する存在でなくてはうまくいかない。

デジタル技術だけではなかなか実現できないことの第2は、伝承がおこなわれる舞台装置(場所の雰囲気、道具立て、儀式、師匠と弟子の人間関係、地域全体の教育の仕組み、神様との関係・・・)である。わざの伝承はこれまでも舞台装置とセットでおこなわれてきたし、今後も伝承に何らかの舞台装置は欠かせないだろうという点である。文化的な文脈の理解が欠かせないようなわざを完全なデジタル環境で伝承することが難しいであろう有力な理由がここにある。ただし、技術の変化、また時代環境によって当然舞台装置のあり方は常に変わっていくものであるから、その一部がデジタル技術で用意されてもおかしくはない。

第3は、学習対象と学習内容の全体性である。西洋芸術の場合、わざの体系は技術の要素に分解され、易しいものから難しいものへと順番に体系だてて教えられるが、日本のわざの教授ではまず作法のようなものを教えられてから、いきなり作品から入り、ひたすら師匠の模倣をさせられる。形の模倣を繰り返すうち自然に型が身につき、「身体があまって」きて、次第に自分なりのあやがつけられるようになるという。韓国舞踊でも名人はかなり崩して即興的に踊っていて、それが評価されるが、これも基本の上にある趣きの一種であろう。だとすればなおさら形だけを保存しても意味がないということになる。

師匠の弟子に対する指導の仕方もダメだということははっきりと言われても、その根拠が明確には示されない。また、伝統的に弟子が師匠の日常生活をともにする(世界への潜入する)ことで、個々の技術だけでなく、生活態度や実践の場に関わる人々やモノとの関係性全体を学び取る。学習対象も、学習の仕方も全体性が要求されることは、西洋流に比べて構造化しにくく、システム化しにくいことは明らかである。

一方、デジタル技術が何かの機能を代替するだけでなく、デジタル技術を使うことによって何かが生み出される側面もある。

まず、モデル化の過程で情報が欠落することは、デジタル化の利点でもある。例えば、踊りの初心者にとっては師匠の動きは複雑すぎてそのまま再現することはできないし、自分の技量にあったレベルに簡略化するにしてもどこをまねしたらよいのかの判断がつかない。もちろん師匠はそこのところを繰り返し伝えようとするわけであるが、言葉や身振りだけよりも、CGなどでポイントとなるところがわかりやすく表現されればずいぶん助けになる。それが形の模倣に過ぎなくても、型の理解の第一歩に違いない。

また、本書に出てくる、舞台裏で役者が演じる動きをモーションキャプチャしてCG化し、舞台上の役者と共演させる試みなど、デジタル技術が表現の新しい可能性を生み出すことも当然ある。

さらに、本書の中にも少し出てきて私が大変重要だと思っていることは、デジタル技術によって習う人が型を理解することを助けるだけでなく、伝えようとしている人自身が型の本質に新たな発見をする、という点である。モデル自身が型の本質を理解してつくられていなくても、形を再現し、かつそれを見やすくする工夫がなされるときに、非言語的な領域で理解しているものがより明確なかたちで理解できるようになる(依然非言語的かもしれないが)、というのは必ずあると思う。師匠もまた学習者である。

ところで、本書では、4章に出てくる漢方医学の伝承の研究をしている川口陽徳氏との対談が滅法おもしろい。漢方医学も病気にあえて病名をつけず、全体としてとらえ、その伝承方法も名人と生活を共にして学ぶという伝統的な方法であったが、幕末から明治期にかけて漢方医道の伝統的な伝承基盤がゆらいだ時代に、(浅田飴の)名人浅田宗伯は、医道を書物によって学ぶことのできる医学、診断技法の医術、心構えや日常の関係性すべてを包括した医道に分節化することで、門人に医道の全体性を明確に意識させた。医道の伝承とは、医者と患者、書物やその他の要素との関係性を模倣し学習する場を提供することであったという見方である。

川口氏の研究内容もおもしろいが、特にすばらしいのは渡部氏との対談におけるその適切なつっこみである。(出版当時まだ博士課程在学中というのにはびっくりである。)一例をあげると、デジタル化出来るからと言ってデジタル化することが即効率的であるとみるのは間違いではないかという指摘はまさにその通り。わざをとりまく現象にはあまりに潜在的な選択肢が多すぎてそれを第三者がモデル化するのは思った以上に非効率的なのである。やはり、意味を見つけるのは当事者に任せたほうがよい。それにはそれなりの道具の用意の仕方のノウハウというものがあるはずなのだ。

最後に、編著者の渡部氏のデジタル化という言葉の使い方が、記号化すること、論理として操作できることと捉えられていて、実はこれはデジタル技術を使うこととイコールではなく、私の意見としては概念的な混乱を呼びやすい定義の仕方ではないかと思う。確かにデジタル化すると、コンピュータにとっては記号化されるのだが、人間にとっては記号化されるとは限らないという点が大事なのだと思っている。

| | Comments (0)

2008.03.20

Wii

だんなと子供があまりに運動不足なので、1年間留守にした慰労の意味もあって、Wiiをプレゼントした。

二人の運動不足解消に役に立つかはわからないが、使ってみるとおもしろい。これはもう一つ進化すれば、家庭内モーションキャプチャになるではないか。高価なシステムがなくても簡単に人の動きがトレースできるようになれば、あんなことにもこんなことにも使える、と想像は広がる。Wiiはモーションキャプチャのdisruptive technologyになるかもしれない。

| | Comments (0)

2008.03.06

モーションキャプチャ

日本大学芸術学部のプロジェクトにお邪魔し、中国の京劇の女優さんの踊りをモーションキャプチャするのを見学させていただくという貴重な機会を得た。気さくな方だったが、さすが一流の方で、何度同じ踊りを踊ってもぶれがない。全身指先に至るまで動きに隙がなく美しい。

中国の踊りは、韓国の舞踊とも、日本の舞踊とも基底でしっかりつながっているように感じた。女優さんが顔を隠して恥ずかしいというような動きをするとき、隣に座っていらした日本舞踊の先生が無意識に一緒に首を動かしてしまう。何度やってもそうなる。文化の流れがある証拠のように感じた。

以前から、企業内部に蓄積される技能や論理で表しにくい知識のようなものを継承したり広めていくのに、情報技術がうまく使えないかを考えていた。その題材のひとつとして、まさに言葉や論理では表わしにくいもののかたまりである踊りの伝承において、モーションキャプチャなどの情報技術がどのように使えるか、研究していきたいと思っている。ポイントは、動きそのものをモデルとして保存することに意義を置くのではなく、人から人へ非言語的なものを伝えようとするるコミュニケーションを支援することに焦点を当てることだと思っている。

| | Comments (0)

2008.03.01

研究者達

最後の週末は、まず、お世話になったソウル大学日本研究所所長の韓先生のご自宅を訪問した。

昼食をということだったが、着くなり話し込んでしまい、食べたの3時頃。何を話し込んだかということ、やはり踊りの話である。

韓先生は長年の夢だった伝統舞踊をチョン・ジュミ先生の元で16年前始められた。最初の頃は純粋な楽しみで、ご自身の研究分野である社会学にリンクさせることはなかったそうだが、最近は、踊りの社会的構成のような研究をされている。日本にもたびたびいらして、在日の舞踊家のインタビューもされている。

実は私も日本に帰ったら、踊りそのものの研究ではないが、踊りを研究フィールドの一つにすることをもくろんでいる。一緒に何かおもしろいことができたらよいですね、という話になった。時々、ちゃんと練習しているかチェックしに行きますよ、と言われた。さぼっているとすぐばれてしまいそうだ・・・

夜は、3次元CAD関係の共同研究者のイム・チェソン先生、日本にいらしたころから存じ上げているイ・ヒョンオ先生、やはり日本に留学されていたハン先生の3人と食事をした。以前なら考えられなかったことだが、最近はすっかり開き直っているので、自分の踊りの動画と写真を3人にお見せしたら、大好評であった。

韓国人であっても自国の伝統舞踊を身近に接しているとは限らないようだ。サムリノリをされているイム先生はさすがにある程度ご存じであったが、イ先生は見たのもまったく初めてという感じだった。でも、日本人がこれだけ韓国の伝統文化にはまったのが嬉しいという感じで、話は大盛り上がりだった。

韓国は何と言っても市場が小さいので、芸術や伝統文化が健全に発展していくには、海外にも目を向ける必要がある、という経営学者の集まりらしい話になった。日本は、現在の韓国よりは文化的、芸術的なものに支出する余裕がある上に、もともと文化的共通点が多く本質的に受容されやすいので、よい市場であるはずである。ドラマなんかより、もっと本格的な韓流だ。

| | Comments (0)

2008.02.20

飲みながらインタビュー

今日は建国大学のイム教授と金型業者に会いに行った。仁川の奥の方でソウルから1時間半以上、しかも夜相手が会社から出てくるまで長々と待って、酒を飲みながらインタビューであった。

インタビュー相手は韓国語と日本語可、イム教授は韓国語と英語可、私は日本語と英語可(大したことないけど)という3すくみ(?)で、誰かが何かを話すともう一人に説明しなくてはならないので結構ややこしかったのもあったが、ここのところスケジュールがハードなので、酒が入りながらのインタビューはなかなかきつく、集中力が続かなかった。この国ではこれを気合いでなんとか乗り切るぐらいじゃなきゃだめだなあ。

| | Comments (0)

2008.01.31

恩人

ソウル産業大学の元時太教授と同校で非常勤講師をされているニューテックのユ社長には3次元CAD関係の調査で大変お世話になった。特に、元先生には、アンケート調査の回収状況が悪いので困っていたところ、じきじきに電話をあちらこちらにかけていただき、42票も集めていただいたのだった。ありがとうございます。

Img_10451

| | Comments (0)

2008.01.30

インタビュー

本日も寒空の下、ソウルから1時間、水原駅から車で20分の自動車サプライヤーにインタビューに行った。

現場の管理がきちんとなされているのが伝わってくるよい工場だったが、従業員一人一人のバイオリズムが張り出されており、バイオリズムが底のときは休暇をとるように促しているというのはびっくりした。8割ぐらいは当たるという。まあ、生年月日に基づく管理というのはともかく、監督者が従業員に今日の調子はどうかと尋ねて調子が悪いときは簡単な作業に回すなどの配慮をしているというのは悪くないと思う。

リサーチアシスタントの院生さんの就職が急に決まって、ぎりぎりになって一生懸命働いてくれているおかげで、ここのところ、コミュニティサイト研究の方のインタビューもたくさん入って結構忙しい。私もここは、いざというときに気合いで乗り切る韓国式で行かなければ。

| | Comments (0)

2008.01.23

インタビュー

今日はソウルから1時間ほどの華城市にある会社にインタビューに行った。思いきり寒さを満喫。

電機系のサプライヤーということで紹介を受けたのだが、3次元CADを使っているのは別の関連会社ということで、急遽プラント系のインタビューに変更。まあ、全然かまわないけれど。プラント系は、建築CADと機械CADの中間ぐらいの感覚だった。

| | Comments (0)

2008.01.21

調査協力率

このブログにはあまり研究のメインの活動について詳しく書いていないが、もちろん読書と踊りばかりをやっているわけではない。あまり書いてこなかった理由には、ひとつにはメインのテーマについてはあまりいい加減なことを書けないということと、もう一つには調査協力者への配慮がある。さらに結構大きいかもしれないことは、滞在途中ではぐちになるようなことをあまり書きたくなかったということがある。

そろそろ滞在も終盤なので書いてもいい気がしてきたが、実は、韓国でのフィールドワークには結構苦労しているのだ。インタビューでもアンケートでも、企業の調査協力率が日本企業よりずっと低いような気がする。

事前に日本にいる韓国出身の研究者の方などから、韓国は縁故社会だから人の紹介をもらうように、一度食事するとずいぶん関係性が変わる、というようなことは言われていた。しかし、人の紹介があろうと(それが結構強力なものであっても)、一緒に食事をして関係性をつくっても、プレゼンテーションなどしてまずこちらから情報をたくさん提供しても、韓国人研究者の方からコンタクトをとってもらっても、もちろん快く協力してくださった方もいらしたが、全般には協力を得るのがかなり難しかった。

何かの機会に歓談するようなことはわりとできるのだが、ちゃんとしたインタビューやアンケートとなるととたんに尻ごみされてしまう。調査に協力したところでなんのメリットになるのかという反応(まあ、確かにもっともなのだが)なのだと思う。

一つには、社会科学的な調査の意義というものに対する認識が形成されていないということもあるだろうし、もう一つは、たぶん企業社会にあまりにも余裕がないということがあると思う。日本企業だって忙しさでは負けていないが、物理的な時間ではなく、産業社会の成熟度の問題のようなものである。前に少し書いたが、韓国社会は、個人のレベルでは実に人情味あふれる濃密なネットワークがあるのだが、企業組織はそれとは別である傾向にある。企業現場では、近年ますます、効率や直接の成果を求めるプレッシャーが強まっていて、そのコンテクストでは協力しにくい環境にあるのだと思う。

とはいえ、全体にはまあまあの成果を上げつつある。調査に協力して下さった企業の方々、救いの手を差しのべていただいた方々に深く感謝いたします。

| | Comments (0)

2008.01.19

技能の学習・伝承に関するメモ2

前回書いて以来、新しく気づいたことを書きとめておく。

これが技能の学習・伝承のデジタル支援にどうつながっていくかまだ明瞭に見えているわけではないが、きっと関係があると思う。

*****

今年になって個人授業をアメリカの大学の先生(H先生としておく)と二人で受けることになった。これは私にとっては誠にありがたいことで、H先生は韓国系だが日本の近代文学が専門で、日本語が大変お上手なのだ。師匠の話を通訳してもらえる!

さて、先日、師匠にイプチュムという踊りを見ていただいたとき、少し距離を置いたところで見ているような感じで踊るように、という指導があった。うーむ、初心者になんと言う難しいことを。

素人のまったくいい加減な感想にすぎないのだが、私が今まで習ったものや師匠や先輩方が踊っているのを見て、この非常に限られた範囲では、大きく分けて2種類の踊りがあるような気がする。一つ目は、人間の内面をにじみ出させるような踊りで、このイプチュムやサルプリチュムがそれにあたる。二つ目は、外に向かって開かれた踊りで、才人庁基本舞や今習っている最中のチンジュキョバン(晋州教坊)クッコリチュムがそれにあたる。

師匠の指導は、イプチュムのように人間の内面を出すような踊りであっても、きっとストレートに押し出すのではだめだということなのだ。

**

何でそうなのか、今日、H先生と踊りの公演を見に行って少しわかったことがある。

今日の公演は盛りだくさんで8人の踊り手がそれぞれ多様な踊りを披露したのだが、一番良かったのはトッペギチュムという重要無形文化財でありながら普段は農業をされているというイ・ユンソクさんの踊りだということでH先生と私の意見が一致した。失礼ながら登場されたとき、まるで裏方の人が間違えて出てきてしまったような風情だったのだが、踊りが始まると自然で素朴な動きでありながら心を打つ踊りであった。

今日の出演者は皆相当のテクニックをもった方ばかりだと思うのだが、イ・ユンソクさんのように心を打つ踊りと、あまり心動かされない踊りに分かれていたように思う。帰りがけにH先生と話したことは、踊りはテクニックではないのだねっ、ということだった。

もちろんテクニックも大事なのだが、その上で人の心を打つには別の何かが必要なのだ。

**

それで気づいたのは、当り前のことだが、踊りというものはそれを見ている人がいて成立するものだということだ。初心者である私は、踊っていて楽しいから踊っているのにすぎず、恥ずかしいのでできれば人に見られたくない!という気持ちは否めない。でも、踊りは本来そういうものではないのだ。

師匠に言われた、少し距離を置いたところで見ているような感じで踊る、というのは、自分のために踊っている限り決して到達できない。自分の踊りを見て感じてくれる人が存在して、その人の心を動かすためには、内面から何かを出すのだが、それを少しだけ距離をおいて制御して、観客に響かすことが必要なのだ。これは、表面的なテクニックではなくて、踊りに対する態度のようなものかもしれない。

今日の公演ですばらしい演技をした人は、表現の内容に関わらず、踊り手と観客が共鳴するような場を創り出す態度を持っていた、ということではないか。しかし、言うのは簡単だが、実現するのはすごく難しいことだと思う。ただ練習すればよいというものではないのだから。

(そういえば、のだめカンタービレも、テクニックと内的表現力は十分ある人が、観客と共鳴する場をつくるための態度を学習していくというような話ですね。)

**

先に書いた二つ目の種類の踊り、外に向かって開いた踊りも観客の心に響くような態度が重要なのは同じだが、少しあり方が違うかもしれない。他の人が文章だけ読んでも全然イメージがわかないと思うが、自分のために考えたことを少し書いておく。

才人庁基本舞(タリョンチュム+クッコリチュム)は、無色透明で、表現するものが天や地や人、つまりこの世の成り立ち。すごく抽象的だ。私は勝手に、踊り手が小さな宇宙を作り出しているというイメージを持っている。

チンジュキョバン(晋州教坊)クッコリチュムは、やはりスケールの大きい世界を相手にしているが、空の広がり、風、大地といった基本舞よりは身近なものと会話している感じ。私の勝手なイメージはソッテ

このような開かれた踊りのときは、表現する内容がそもそも「私」から少し離れている。もっと普遍的な層から観客とつながる感じだ。あくまでの素人考えで、ではどうやればそういう域に達するのか皆目わからないけれど。

| | Comments (0)

2007.12.30

技能の学習・伝承に関するメモ

前々から、組織に存在する知識や技能を伝承したり、学習を促すために情報技術をどのように使ったらよいのかに興味を持っていたのだが、韓国に来て図らずもそのテーマを考えるのに大変良い経験を得ることができた。今までに何回か書いているが、韓国の伝統舞踊を習うという機会である。

情報技術を使うというと、明示的、構造的な知識を保存するという発想になりがちだが、私が目をつけているのは、「言葉にしにくいものを理解する」ことを情報技術が支援できるのではないかという点である。

言葉にしにくいものの理解というのはあらゆる局面で存在するが、踊りを教える・習う場では、理解させよう・しようとするもののほとんどが言葉にしにくいものである。それに加えて、私のケースは、先生との間で言葉があまり通じないという、なかなかおもしろい状況にある。

おもしろいと他人事のように書いているが、実際のところ言葉の問題で、簡単な伝達事項すらわからなくて行き違いがあることは時々あり、また、概念的な話を一方的にされるとまったくわからない。しかし、踊りの学習については、私もおそらく師匠の方もほとんどストレスを感じていないし、韓国人の他の生徒に比べてコミュニケーションが不足しているということはまったくないというのが実感である。これがなかなか不思議なところである。

さて、まだ全く論じたりする段階ではないのだが、今現在経験していること、感じたことを後々のためにメモしておこうと思う。現在踊りを習い始めて5か月ちょっと、4曲目に入ったところで、グループレッスンと個人指導を週に1回ずつ受けている。

****

最初の指導

1つの曲は長く複雑であるので、曲を細かく切って少しずつ進んでいく。どのぐらいで切るかはその部分の難しさと習う人の能力によると思うが、私のクラスの場合、わずか数小節で終わることがある。

1節を初めて習うときは、まず先生が踊ってみせるのを見よう見まねでまねをする。当然簡単にまねできないので、何度も繰り返すことになるが、繰り返しながら先生がポイントとなるところを伝えようとする。

その方法として一番よく使われるのは、先生が動きを強調するようにリズムを歌う方法である。これにはある程度決まった表現があるので指導法として伝承されているのかもしれない。(部分的な指導だけでなく、師匠は1曲全部をこのように歌いきることができ、それを聞いたときはちょっとぞくっときた。)

それからもちろん動きを部分的にスローモーションにして強調したり、言葉での指導もある。ちょっと複雑なことを言われても、身振り付きならばまあほぼわかる。言語として完全に理解しているのではないのだが、非常に状況に埋め込まれているので、塊としてわかるという感じである。

何回も先生と一緒に動いてみて、何とかついていけるようになったら、一人でやってみることになる。たいていは、先生が掛け声をかけながらチャングという鼓を大きくしたような打楽器をたたくのに合わせて踊る。これが毎度のことながら一番つらい瞬間である。先生の横ならば何となくできていたはずのものが、見事にまったくできない。手足の動きはばらばら、短いフレーズでも次に来る動きが思い出せなくなる。

そこを先生が辛抱強くもう一度教えなおし、またやってみてだめならもう一度教えなおし、ということを繰り返す。ある程度動けるようになると音楽にのせて前から通してやる。レッスンの終りのころには一人で何となく動くことはできるまでにはなるが、まだいろいろおかしい、ぶざまな動きであることを自分でも感じている。

ちなみに、私はこの最初の指導での飲み込みは年齢と初心者だということを考慮してもかなり遅い方だと思っている。

理解したことを確認する

夜遅くても、レッスンが終わったらその日のうちに復習しておくのが大事だと思っている。個人授業のときはデジカメ動画で師匠の手本の踊りを撮らせてもらえるのでそれを見ながら、動画がなくても思い出せる範囲で何度もやってみる。繰り返す回数は、自分の理解したことを確認して翌日までに忘れない程度である。

このとき、自分の理解したことと、自分が実際にできることにはギャップがあり、そのことを私自身が自覚しているということが重要である。つまり、この踊りに関するイメージは、初回のレッスンでまだまだ不完全であるができていて、でも体がまだそれを再現できないのである。

理解したこととできることのギャップを埋める

このギャップを埋めるのに、毎日朝と寝る前に練習して、たいてい数日はかかる。ギャップを埋める方法は、ここがおかしいと思うところを繰り返しやってみて、動画を確認したり、言われたことを思い出したり、時には少し客観的に考えてみたりする(「基本は合理的にできている」)。

1回習った時点で理解していることは、たいてい間違いを含んでおり、もちろん全体に非常に未熟である。しかし、翌週のレッスンまでに、理解している範囲については実際にはできない、ということはほぼなくなっている。理解したことは相応の努力をすればできるようになるということは、(もちろん私がまだほんの初級にあるからそういうことが起こるのかもしれないが、)私にとっては新鮮な驚きである。楽器の習得やスポーツでも同じようなことがあるのだろうか。

身体的なイメージ

体で覚えるということをよくいうが、体で覚えるということにも理解と実現という2段階があり、理解をすることが実現可能性を(100%ではないかもしれないが)生むということなのかもしれない。体で覚えるときの「理解」のかなりの部分は言葉で表現できない。無理に言葉で表現しようと思えばある程度できるかもしれないが、それは比喩であったり、後付けの論理にすぎず、実体は一種の内的なイメージのようなものである。

実践的には、このイメージから直接どう踊るべきかを知るというよりも、そのイメージを基準に自分の動きが「違う」かどうかを判断しているように感じている。違う、違う、と思いながら何度も繰り返すうち、これなら許容範囲かな、これは結構いいんじゃないかな、という動きに達するのである。

吉田秋生の夜叉というマンガに、遺伝子操作により神経の伝達能力が異常に発達した主人公が拳法の達人の動きを1回見ただけで再現してしまう場面がでてきたが、例え私がそのようなうらやましい脳を持っていたとしても、先生の動きを寸分たがわずコピーできれば良いのかというとそうでもないような気がする。ある踊りを習うということは、動きをコピーすると言うことではなくて、踊り手が持っている身体的なイメージを伝えるということ、それが体で覚えるときの理解ということなのかもしれない。師匠が弟子にいかに厳格に教えても、体の構造や身体能力、脳の働きは人によって、また、状況によって異なるから、結果的に表現される踊りは決して同じにはならない。

ところで、イメージと言うと視覚的なものに思えるが、そうでもないのである。先生の動きを見てまねをすることが学習の最初のステップであり、動画を見ることも理解を助けになるのは確かであるのだが、その絵が頭にあって判断しているわけではなく、自分自身の動きを直接体で感じてこれは違うとか判断しているようなのだ。だから自分の動きを鏡で見ることのできない家での練習も可能である。(チェックできたほうが便利なときもあるが、意外に必要ない。)

それから、耳から来る感覚も大事なようである。習っている曲の音楽を最近まとめてもらったのだが、家で練習するときに音楽がある効果はめざましかった。韓国の伝統的な音楽においてはリズムが非常に大事でなかなか複雑にできている。(大曲になると転調ならぬ転リズムが何回もあったりする。)細かい動きがわからなくなったとき、リズムをよく聞くとそこに答えがあることがある。

2回目以降のレッスン

次にレッスンに行ったときは前回の復習からやることになるが、このとき、間違えて覚えていることや、よくわからなかった部分がほぼ直されることになる。このとき新たに得た理解を持ち帰って復習すれば、とりあえず踊るという低いレベルではあるが、第1段階は完成である。

その後、全体の通しや前にやった曲を踊る機会はたびたびあるので、2回目までに直しきれなかった部分やさらによくするための指導は随時入る。それから、もう一つ重要なフィードバックの機会は、先生が一緒に踊ってくれる時である。タイミングや呼吸、表現などを覚えるのにはそれが一番でよいだけでなく、ある程度覚えた時点で上手い人と踊るというのはなかなかの醍醐味である。

また、特に指摘されたわけでもなく、だいぶ時間が経ってから、ある時自分で踊っていて突然気づく、ということもある。自分で突然気づくことは、大抵何か重要なことである。このあたりはほとんど意識の外の作用で起こっているとしか思えない。(実はこのような経験は、踊りのような身体感覚中心の行為だけでなく、論理的な思考が中心であるはずの本業の研究でも時々ある。)

この間書いてみた自己流のは、2回目のレッスンが終わった時点ではまだ書けなくて、その後数週間踊りこんだ後で書けるようになる感じである。ここまで来ると、下手なりに思いきり楽しんで踊れるようになる。

これだけまじめにやっていると当たり前というべきか、自分でも上達のスピードは目覚ましいものがあると思う。昨日の発表会では緊張して見事に失敗したが・・・

基本とは何か

ところで、レッスン中の先生の踊りは、同じ踊りでも舞台公演での先生の踊りとは全然違う。レッスン中はできるだけくずさず装飾的な動きをつけず、シンプルな動きを見せてもらっているような気がする。舞台の上の踊りをいきなり見せられたら、複雑すぎて生徒にはとてもまねができないということもあるだろう。しかし、もっと本質的には、表現の部分は即興的で毎回変わっていくということだ。踊りには変えてはいけない部分と可変部分が存在し、先生が生徒に伝えたいことは変えてはいけない部分と、可変部分を変えるときに守るべきことの基本法則のようなものだと思う。

この基本原則のようなものは曲のレベルでもあるし、韓国の伝統舞踊の中のカテゴリーのレベルでもあるし、もっと普遍的な(国や時代を限らず)踊り全般のレベルでもあるように思う。そしてその大部分はなかなか正確に言葉にできない領域にある。に「4拍1セットのときは2拍目と4拍目で重心を落とす」という例を書いたが、これなどは基本中の基本のごく表層にすぎない。少しでも言語化する努力には意味があると思うが、大部分は身体的なイメージの底に沈んでいてなかなか取りだせない。

しかし、師匠を見ていると、何が基本で何が基本でないのか、ご本人の中ではかなり明確に区別できているのを感じる。はっきり言えるのは「それは違う」ということだけで、それ自体が何なのかはごく簡単な原則以外はなかなか概念化できない。それを時間をかけて伝えていくのが伝承ということなのかもしれない。

もちろん、流派によって、踊り手によって、基本に対する考え方は異なるし、師匠から弟子に伝承されるときにも、いかに優秀な弟子であっても正確に同じものが伝わるわけではない。それでも、底流に流れている何か共通したものがあるのは確かなのだと思う。

************

韓国語で概念的な話をされるとわからないと書いたが、時間とお互いの努力があれば可能で、師匠とは、個人指導の休憩時間などに、筆談(ハングルを書いてもらって私が辞書で調べる)を交えて結構深い話をするようになってきている。

上に書いたことは、私が踊りを習っていくうちに自然に考えたことであるが、少しずつ話しているうちに、師匠は実はこの基本とは何かということを非常に意識的に探究されている方だということが後からわかってきた。(その話はまた別の機会にしようと思う。)言葉にしにくいものの理解を考えているうちに、それを実践で究めようとしている方に出会えたのである。

師匠のチョン・ジュミ先生とは感性的にもとても相性が良く、人生において最も大切な縁の一つになるような気がしている。私が滞在している研究所の所長のハン先生の紹介で軽い気持ちでグループレッスンに参加し始めて1か月ぐらい、まだ右も左もわかっていない(今でもわかっていないが)頃、師匠が来週から個人指導を始めるから、とおっしゃったのがこのようにハマるきっかけだった。その頃はちょっと押され気味だったのだが、今ではとてもとても感謝している。

| | Comments (0)

2007.12.18

形式知?

習っている伝統舞踊は、帰国後必ず忘れていくと思うので、自己流の譜をつくり始めた。

よく見えないかもしれないが、左右の手・足、体の向き、その他について一拍ずつ位置や動きを略字で書いてある。

Test_3

これは一曲のごく一部。書いてみると、めちゃくちゃ複雑だということがよくわかった。ただでさえ一曲が長くて繰り返しがないのに、習ったものを全部書く根気がでるだろうか・・・

しかし、これを見れば、私が現時点で理解したところまではこの先も再現できると思う。ただし私だけ。それと、たぶん、一緒に習った人も略字の内容をハングル訳すればこれを見てかなり再現できると思う。

こういうのを形式知と呼びがちだが、これはどちらかというと、言葉にならない理解を喚起するメディアとしての役割を果たしている。実地で習っていない人にはこれから絶対再現はできないと思う。これ自体に自律的な知があるかどうかというと、ほとんど否だと思う。

明示的な表現がもっとはるかに標準化されていて、直接教えてもらわなくても再現できるものの典型例は西洋音楽の楽譜である。しかし、実は言葉にならない理解がそこにまったくないのかというとそうではないだろう。

特にクラシックでは楽譜を忠実に再現することが求められるが、楽器を本格的に習う人が独習でやることはまずなくて、熟達した人に習うことである楽譜に表現された明示的な指示と実際の演奏の間にある、何か言葉にならない理解を身につけていく。やがて、指導者から離れても、その理解の蓄積が演奏者の深く独自性にある表現を可能にするのだと思う。

何か明示的な表現が記録されていることと、それが意味していることが誰にも同じように明確にわかるということを混同してはいけない。実際は、ほとんどの場合、程度の差があっても、明示的な表現が暗黙の理解を喚起する点が重要であって、それは書いてあることとイコールではないだ。

学問の世界でも、ものづくりの現場でも、同じことだ。科学論文の中の数式でさえ、言葉にならない理解を喚起するという側面が含まれていると思う。

| | Comments (0)

2007.11.28

基本は合理的にできている

韓国の伝統舞踊を習い始めて4か月を過ぎて最近だんだん、私の師匠はその踊りの腕と運命的といってよい経歴、そして何よりその発想と見識が凄い人だということがわかってきた。(師匠のチョン・ジュミ先生の話はいずれ改めてしようと思う。私の本業の研究上でもいろいろ触発され、今後何かしら発展しそうな雰囲気になってきているので、その話を含めて。)

このように凄い人に踊りの基本をゆっくり丁寧に、かつ非常に熱心に教えていただくという私にはもったいない体験をしているのだが、最近つくづく感じることは、基本というものは合理的にできている、ということである。

私の習っている踊りのレベルでは、個々の動作やポーズに難しくてとてもできないというものはなく、漫然とコピーするだけならば(私には無理だが)勘のいい人ならすぐできないこともないと思う。しかし、一つ一つの基本に含まれる、手や足の動き、重心のかけかたなどの諸々の要素がきちんとできていないと、流れるような動きにはならず、決して「踊り」にはならないようなのだ。

私は身体的な勘がとても鈍いので、この動きとこの動きがどうやってつながるのか、家でやってみるとはたと考え込んでしまうことがよくあるのだが、先生に教えていただいた基本の要素を忠実に再現してみると、まるで魔法のように自然につながるということを何度も経験した。基本はすごく合理的にできているのだ。

初歩的だが、例を一つだけあげると、一拍の3分の1ぐらいの間に体を180度回転させなければならない振りがあるとする。若い人や運動神経のある人ならば何なくこなしてしまうと思うが、中年でかつどんくさい方の私はこれを何となくやると体勢を崩してしまう。しかし、4拍1組の動きの場合は、2拍目と4泊目で重心を落とすという基本を思い出すと、回転は3拍目の頭であるから、2拍目で十分に重心を落とし、3泊目で上に向かって立ち上がる力で回り、4拍目のダウンで回転の勢いを吸収すればスムーズに無理なくできるということに気づく。もちろん、このようなことをいちいち言葉で考えているわけではなく、体で覚えたことを組み合わせて検討するわけであるが。

考えてみれば、舞踊だけでなく、あらゆる芸術、スポーツ、仕事の現場にも、たいてい基本の型というものがある。それらは長年の人智の結晶であり、新人は理屈抜きで基本の型をまず身につけることが求められることが多い。理由も説明されず何だか押し付けられるようでいやだと思うこともあるかもしれないが、実は基本の型にはちゃんと合理性があり、それを言葉で教えられるよりも、自分で発見することが重要なのだと思う。

研究者になる訓練も同じで、私は学生にまずオーソドックスな形式の論文を書くことをすすめる。発想は斬新であるほどよいが、それを実証し、他人に説得する作業は、とりあえず基本の型でやってみるのだ。本人が基本の型に含まれる合理性を深く理解してはじめて、必要ならば型から外れていけばよい。

伝統舞踊においては(少なくとも私の師匠の考え方では)基本はくずさないが、ちゃんと百人踊れば百様の踊りになり、その中でもひときわ個性的できれいなのは、基本に対する深い理解がある踊り手なのだと思う。

初心者にこのようなことを気づかせてくれるのが私の師匠の凄さである。

| | Comments (0)

2007.11.15

拾う神

韓国での研究生活も3分の2を過ぎ、大方は上々だが、やはり慣れない異国でのフィールドワークはなかなかうまくいかない部分もある。

しかし、そういうときにはあまり落ち込まず自分のできることをやっていると、救いの手をさしのべてくださる方もまたたくさんいる。ありがたいことである。今日は、そういう方の一人、建国大学のイ・チェソン先生にお会いしに行った。

前回、カメラを忘れて写し損ねた建国大学のシンボル、牛の像。

Img_10281

| | Comments (0)

2007.10.22

自動車産業コンファランス

カトリック大学のキム・キチャン教授にコンタクトをとったら、ちょうどソウル大学で自動車産業学会の国際コンファランスがあるということで、挨拶がてら伺った。

「アジア自動車産業の進化と発展」というテーマで、MITのIMVPやEUのGERPISA(自動車研究の国際プログラム)からも人が来ていて、思ったより大きなコンファランスだった。日本からは知った顔がたくさん。

目の前にある問題を実証研究に展開していくのがうまい米国と、環境やCSRなど社会との調和を重視するヨーロッパ、韓国は割と概念的な話が好きで、日本は細部を大切にするスタイルと結構地域色が出ていた。

| | Comments (0)

2007.09.18

共同研究者来韓2日目

今日は、あいにくの天気ではあったが、昨日すっぽかされたインターネット広告関係者のインタビュー、コミュニティサイトの一般ユーザーのインタビュー、コミュニティサイト事業者のインタビューと無事にこなすことができた。よかった、よかった。

| | Comments (0)

2007.09.17

共同研究者来韓

今日は、ネット・コミュニティ関係の研究の共同研究者である森田正隆さんと一緒にフィールドを回る第1日目。韓国的な不確実性に見舞われて、午前も午後も本来目的の成果はさんざんで、(私は慣れてきたけど)森田さんには申し訳なかったが、観光旅行とは違うソウルの雰囲気を少しでも味わっていただけたなら幸いである。

私には、意外と普段はできない、ゆっくりとしたディスカッションをさせていただいたことが収穫だった。

| | Comments (0)

2007.09.13

仁川南洞金型・自動車部品合同フォーラム

仁川南洞金型・自動車部品合同フォーラムで、3次元CAD関係の発表をした。聴衆はソウル近郊の仁川、富川などの金型、自動車部品製造業の経営者の方々。この地域は、韓国では一番金型や部品の中小サプライヤーが集積している。

韓国に来てから3次元CAD関係の発表はこれで何と5回目だが、実務面から一番熱心に聴いていただいた会であった。何かのお役に立てれば大変うれしい。

ついでに、調査協力依頼をアピールした。アンケート調査、何票戻ってくるかな?

| | Comments (0)

2007.08.24

江陵大学訪問

韓国の東海岸の北の方にある江陵大学のキム・ミョンホ先生を訪ねた。2002年にe-commerce関係のシンポジュウムに招待されて以来である。そのときの温かいもてなしがなければ、私は今年韓国に来ていなかったかもしれない。

Img_08131

江陵大学は、医学部、歯学部、芸術学部も備えた総合国立大学。夏休みで人気はなかったが、キャンパスは広い。

Img_08111

江陵(カンヌン)は、ソウルからバスで3,4時間。こちら来ると空気がクリアで非常に明るく、ソウルと雰囲気がまったく違う。

美しい海。韓国では東海、日本では日本海と呼ぶ。

Img_07651

山の幸も豊か。

Img_07901

これは、お気に入りのソッテと呼ばれる魔除けの一種。村の入り口に立てる。

Img_07791

今回の訪問では、キム・ミョンホ先生、日本文学がご専門のパク・ソヒョン先生に前回以上に歓待いただいた。お忙しいのに申し訳ないぐらい。ありがとうございます。

| | Comments (0)

2007.08.23

学会発表

韓国に来て、研究会やセミナー、講演会での発表はしてきたが、正式の学会での発表は今日初めて経験した。

韓国CAD/CAM学会で、工学系の研究者と実務家が中心。

Img_07371

国際会議ではなく韓国国内の学会なので、どんな感じだろうと思っていたが、(言語が韓国語であること以外は)何も変わることはなかった。

Img_07361

Img_07351

私はもちろん韓国語で発表は無理なので、英語で発表。

| | Comments (0)

2007.08.09

PICMET

PICMETで発表のため米国ポートランドへ。

ポートランドに行ったのは初めてだが、まるでヨーロッパの小都市みたいにくつろげるよい街だった。

8_0101

ヨーロッパのように見えるのは、ひとつには街中にとてものどかな市電が走っているため。ダウンタウン内には、車の交通規制があって、一般車はあまり走っていない。その代わり、市電もバスも無料で乗り降りできる。

8_0751_3   

空港からも市電で行けるのでとても便利。

8_0021

そして、なにより涼しい!ちょっと郊外にでると、なんとこの季節にまだスキーができる山がある。

8_0501

といっても、夏は上級者のみなので、私にはとても無理。スノボー少年たちの団体がとても楽しそうでかわいかった。

8_0511

映画シャイニングのロケ地になったというロッジ。

8_0451

| | Comments (0)

2007.08.01

建国大学訪問

6月の技術革新関係の研究会で出会ったイム・ジェソン先生の研究室を訪問。

イム先生はサセックス大学で学位をとり、私の3次元CAD関係の研究と非常に近い分野を研究されている。海外で、これだけ近い研究領域の先生に出会ったのは初めて。今後、研究面で協力していく話をする。二人とも興奮気味。

私の英語は相当ひどいものなのだが、私が一言えば十わかってくださるので、微妙なことを言っても通じないということがまったくなかった。すごい。イム先生の聡明さと忍耐強さもももちろんあるのだが、何よりもこれが専門性というものなのだろう。

| | Comments (0)

2007.07.31

企業訪問

神戸大学石井先生門下の先生方のインタビューに便乗させていただいて企業訪問。

午前中は大手製造業。午後はネットコミュニティの会社。

おかげさまで大変勉強になりました。

| | Comments (0)

2007.07.05

大企業訪問

しばらく帰国していたが、7月からまた改めてソウルにやってきた。よろしく、ソウル。

先日、ソウル市内からバスで1時間ほどの近郊にある韓国有数の大企業を訪問した。事業所のまわりには社員用の住宅が立ち並び、おそらく利用者のほとんどが社員と関係者であろう商店などがちょっとした城下町をつくっている。

門のところでPCやカメラ、USBなどをすべて封印され、迎えに来ていただいた担当者の車で移動。訪問先の研究所は、広大な敷地の中にそびえ立つ高層ビルにある。

ビルの入口で、持ち物はすべて空港のようなX線で検査。X線検査は、帰りにビルを出る時と、シャトルバスのターミナルに入るときにさらに2度おこなわれた。何と言うのか、すごい。

この過剰とも思える厳重さは、最先端の技術を守るためというよりも、なんだか余裕のなさを感じる。社員の雰囲気も息を止めて突っ走っている感じ。

| | Comments (0)

2007.06.17

4日連続ワークショップ

今週は、4日連続、別々のワークショップやセミナーに出た。自分が発表したのは2日だけであったが、夜はすべて宴会付きなのでさすがに今週はブログを更新する余裕がなかった・・・

6月13日は、技術革新経営研究会。この分野に関心をもつ韓国の経営学者の研究会で、人数は少ないが、とても密度の濃い研究会だった。私がここ10年ほどやってきた3次元CAD関係の研究をまとめて発表したが、大変的確なご意見をいただき、韓国で同様な研究をされている研究者にも出会うことができて実り多い研究会であった。

6月14日は、ソウル産業大学の金型設計学科の韓日金型産学協力交流20周年記念行事の特別招待セミナーで、やはり3次元CAD関係の講演をした。こちらはホールが満席状態であったが、大部分は大学生で、どうも出席すると成績にに加点されることになっていたらしい。英語で講演したということもあり、私の話がどこまで理解されていたのかはわからない。しかし、韓国の金型メーカーの人々と出会うことができてよい機会であった。

Img_06831_1

6月15日は、朝は、東京大学の新宅先生が韓国の経営戦略学会の幹部の先生方に会って今後の交流を相談するミーティングに同席、その後は一日、KIEP対外経済政策研究院の「日韓企業の東アジア生産ネットワークの現状と課題」というセミナーに出席した。韓国と日本から10件の報告があり、議論も活発で、充実したセミナーだった。

6月16日は、韓日産業技術協力財団の日本企業研究センターのワークショップ。こちらは、原州というところにある委員の一人のご自宅に20人ぐらいがソウルから片道2時間以上かけて訪問し、ワークショップのあとはBBQで宴会という親善がメインの会であった。自然の中でリラックスしたムードの中で、日本に進出したり取引がしたい韓国企業にどのような支援が求められているのか、日本企業にとってはどうなのだろうかということを話し合った。大自然の中で、韓国の方々は、カラオケがなくても次々にアカペラで熱唱・・・場を盛り上げることにかけては、日本人よりも数段上である。韓国には間違いなく貴重な社会関係資本が機能していると思う。

| | Comments (0)

2007.06.06

日本研究所のセミナー

私のいる研究所主催のセミナーで話をしてきた。

日本企業の IT 利用と  変わりゆく組織

일본기업의 IT 이용과 변화한는 조직

ハングルだと上のようになるんだそう。フレーズの構造がそっくりだということがわかる。

最初に、出席者に日本のITってどんなイメージがあるか聞いてみたが、ソニーやパナソニックなど、やはりハードウェアのイメージが出てきた。ソフトウェア開発やシステムの使いこなしに関しては、イメージが薄いのは当然だろう。

日本は、コンピュータ利用の黎明期から、キャッチアップ型とはいえシステムを積極的に活用し、それなりのノウハウをためてきた。1980年代後半以降のダウンサイジングとネットワーク化の波が来るまでは、システム構築のパフォーマンスもなかなかのものだった。

しかし、今までのやり方が組織や産業に浸透しているが故に、最新のソフトウェアや技術を組み合わせて使っていくという新しい流れに、情報システム産業もユーザー企業もすばやく乗ることができない。PCもネットワークも使っていはいるのだけれど、どこか未だにちぐはぐなのである。

もちろん、技術と組織をにじあり合わせて、しっかり自分のものにして使っていくということのメリットと可能性もあるには違いない。また、日本企業や日本の社会のあり方ももちろん変わっていくので、いつまでも同じ行動パターンを続けるとは限らない、というような話をした。

それほど踏み込んだ話はしなかったが、こういう機会があると、自然に、日本でおこなわれていることを日本のコンテクストから離れて客観的にみて、世界の中で位置づけて考えようとするので、自分自身にとってなかなか良いことである。学会発表だと理論の一般性を追求するので、基本的には、たまたまデータを採集したのが日本だったにすぎないという扱いになり、国によるいろいろな前提の違いはどちらかというとノイズ扱いになってしまいがちである。でも、最初から違うものは違うものとして、(もちろん、共通するものは共通するものとして、)話をする場もまた必要だ。

記念にいただきました。

Img_0677

| | Comments (0)

2007.05.09

金型設計会社訪問

ソウル市の隣、富川(ブチョン)市にあるプレス金型設計会社を訪問した。

富川市は、古くから中小製造業がたくさんあるところだそうだ。

これは、最寄りのソンエ駅。小田急線の郊外駅の風情だ。

Img_06101_1

駅前通り沿いのビルに事務所がある。

Img_0613

社員4人の会社だが、高い技術力を持ち、日本の主要な自動車メーカーのプレス金型部品の金型設計をしている。

Img_06121

ユ社長は、日本に10年いらしたので、日本語かんぺき。いろいろなことをお聞きできて、充実のひと時だった。

ユ社長の労作。自動車部品の主要なプレス金型部品図。

Img_0611

いま、ウォン高で金型での納品は採算が合わなくなっているようだが、日本の自動車業界相手にデータだけで何とかやっていける技術力があるのは立派だと思う。

| | Comments (0)

2007.03.22

強い結びつきと弱い結びつき

お世話になっている研究所の所長と食事をご一緒した。

小柄で(人のことまったく言えないが)とっても魅力的な社会学の女性教授だ。

実は私のホストの先生は今海外にいらして、そのこともあって、大変気を遣っていただいている。

私の研究内容に話が及び、韓国では弱い関係性であっても比較的気楽に会ってくれる、高齢の方でもネットでの情報発信にとても熱心だという話がでる。

弱い結びつきを広げるのにも積極的である一方で、KBSの毎月の同窓会の例のように、強い結びつきを強化するのにもとても熱心。日本では、両者がわりと代替的で、人のタイプによって分かれる傾向があるのに対して、韓国では自然に両立している人が多いのではないか、と漠然と思った。

全体的に、見知らぬ人への知覚リスクが低いのかな。というよりも、日本人の知覚リスクがきっと高すぎるのだ。だから、それを克服するだけのネットワーキングのメリットを感じているか、強いつながりの息苦しさを感じている人だけが弱い結びつきを広げていく。そんな気がする。

| | Comments (0)

2006.05.27

帰ってきました

日付が表示されないので、金曜日までと書いてもいつのことやらわからないことに今気づきました・・・
とにかく帰国しました。

北京は・・・バラだらけだった。
Beijing_007

ハイウエイや大きな通りの脇に大量のバラが咲いていました。オリンピックに向けての環境美化政策か何かでしょうか?バラはわりとデリケートなので、緑化には向いていないと思うのですが。

中関村のソフトウェア・パークにあった建造物。
Beijing_004

機能的な意味はあるんでしょうか・・・

ソフトウェアはほとんどキャッチアップの必要がない世界で、しかも、本質的にモジュール。一部の才能があれば後は人海戦術。中国にぴったりの産業です。

学会の遠足で、IBMのPC部門を買収したLenovoにも行ってきました。
Beijing_002

急に世界的なメーカーになって、いろいろ追いついていないけど、でも夢一杯、という雰囲気でした。

| | Comments (0)

2006.02.06

ワーキングペーパがアップされています

ワーキングペーパー2005 #1
『研究開発者による技術の応用可能性開拓行動』

アップされております。

| | Comments (0)