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October 2007

2007.10.26

初心者の踊り

昨日から続く。

さて、状況がいま一つわからないまま、振りも覚えきれないまま、当日を迎えたわけだが、行ってみると公園の小さな野外劇場で、地域のお祭りのような催しだった。各種の歌あり、踊りあり、パフォーマンスあり。うちの舞踊教室の演目は、才人庁基本舞クッコリチュム(チュム=踊り)とアリランである。

才人庁とは、李朝朝鮮時代にあった祭祀や芸能を司る役所で、宮中や民間に伝わるさまざまな踊りを整理して後世に伝える役割も果たした。私の先生はこの流れを汲んでいる。

才人庁の踊りの多くは、おそらく朝鮮時代よりずっと古い起源をもち、儒教や仏教というよりも何やらアニミズムの匂いがする。詳しくはよくわからなのだが、基本舞では天や地や人の仕業を象徴的に示した動作が満載で、私は「携帯宇宙」と勝手に理解にしている。踊り手がいればどこにいても宇宙を再現できる、という役割を果たしていたんじゃないかと思うから。

さて、このように古い起源をもつ踊りを踊るのは、私には思った以上に良い経験だった。なんだか、体にパワーが満ちてくるのだ。毎日寝る前にちょっと踊るだけで、目に見えて健康になった。そして、何より楽しい。

しかし、基本舞といえどもなかなか踊るのは難しい。何が難しいって、まず上手に踊る以前の問題として、振りを覚えるのが難しい。現代の音楽やダンスのように、繰り返しのある対称的なつくりではなくて、全体に構成が不規則で非対称的で、しかも一曲が長いのだ。

あまりにも覚えられないのでたまりかねて、細切れに先生に手本を踊っていただいてビデオにとり、家でじっくり見て練習していたのだが、今日のクッコリチュムはビデオ撮りが最後まで到達しないで公演の日を迎えてしまった。

アリランはもっと現代的で、振り自体は古来の踊りより簡単なはずなのだが、いつもあまり練習時間を取らず、しかも3番はつい最近初めて習ったので全然覚えきれていない。

公演のメンバーは9人でベテランのお弟子さんと初心者が半々ぐらい。私だけでなく初心者組は振りを覚えきれていないことが最後の稽古の時わかったが、皆衣装に着替えて化粧をしたら和やかにだらだらしている。私も今更じたばたしてもしょうがないので一緒にだらだら待機。

さて、あと少しで出番というとき、誰かが「アリランの3番がわからないのだけど・・・」と言い出した。心の中で「どこまで、ぎりぎり好き?」と密かにつっこむ。ベテランのお弟子さんが「ええっ、今?」という顔をしながらも教えてくれ始めたが、「出番です」という声が。

バックステージに行くとまだ前の出演者が歌っている。すると、先生が「これは一回練習できる」と断言し、急きょみんなで外に出て一回早回しで通し稽古をすることに。ぎりぎり好きもここまで来るとすごい。

早回しだったので振りを覚えるのに足しになったとはいえないが、私は何だかもう楽しくなってしまった。そのまま、ステージに出ると、近所の人々がリラックスして観覧しているのが見えた。まったく緊張せず、最後まで楽しく踊りきることができた。

(クッコリチュムはステージの上でやっと全部覚えました。)

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2007.10.25

師匠の踊り

夜、国立国楽院まで、踊りの先生が出演する「韓国名人名舞展」を見に行った。

9人の踊りの名手が出演する中、先生はかなり高い格で扱われているのを感じた。温かくかわいらしい人柄で普段全く偉そうにしない方なのだがすごいなあ。

実際、先生の踊りは美しい。今回は若手と一緒だったのだが、速い動きなどは現代ダンスの基準からみれば若い人に比べてキレがないかもしれない。しかし、動き一つ一つの存在感が圧倒的で、群舞の中にいても際立っていた。

ジャンルを問わず、踊り手は若いころよりも中年以降のほうが味わい深くなるような気がする。もちろん、長年の修練の積み重ねがあってのことだが。若い子には出せない美しさってありますよねっ、先生。(子供の年が近いので、たぶん年はそんなに変わらない。)

さて、詳細はよくわからないのだが、明日は私も公演に出るらしい。公演といっても今日のとは全然レベルが違って地域の公民館でやるようなものではないかと思う。教室での会話は当然韓国語なので、よくわからないまま、どうやら私も出ることになっているらしい、ということだけわかったまま前日になってしまった。

始めてまだ3か月だし、何といってもやる予定の2曲とも最後まで振りを完全に覚えていない・・・いつもならパニックになると思うのだが、韓国暮らしに染まってきたせいか、割と動じていない。こちらでは、日本人みたいに完璧さを求めず、本番の気合で乗り切る傾向があるのだ。仕事のやり方などを見ていてもそうなのだが、ぎりぎりまで手をつけず、これ以上やらないとまずいという状況に追い込まれて初めてものすごい力を発揮する。

実際、稽古の最後に、先生が「何か質問がある?」とおっしゃったとき、「アリランの3番がわかりません!」という今更何を言う的な質問(大事なエンディングである)が出たので、ああ、私一人じゃないということがわかった。私を含めて教え子の大多数はおばさん。振りはちょっと習ったぐらいではなかなか覚えられないのだ。でも、まあ、きっと何とかなるでしょう。

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2007.10.22

自動車産業コンファランス

カトリック大学のキム・キチャン教授にコンタクトをとったら、ちょうどソウル大学で自動車産業学会の国際コンファランスがあるということで、挨拶がてら伺った。

「アジア自動車産業の進化と発展」というテーマで、MITのIMVPやEUのGERPISA(自動車研究の国際プログラム)からも人が来ていて、思ったより大きなコンファランスだった。日本からは知った顔がたくさん。

目の前にある問題を実証研究に展開していくのがうまい米国と、環境やCSRなど社会との調和を重視するヨーロッパ、韓国は割と概念的な話が好きで、日本は細部を大切にするスタイルと結構地域色が出ていた。

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2007.10.18

Gershenfeld, N.「考える「もの」たち」

Gershenfeld, N. "When Things Start to Think," Hodder & Stoughton, 1999.

(邦訳:.中俣真知子訳「考える「もの」たち」毎日新聞社)

MITメディア・ラボ元所長ネグロポンテの「ビーイング・デジタル」もいまだに古びない名作だが、メディア・ラボの物理学者ガーシェンフェルドによる本書もすばらしい。デジタル技術の本質について考えさせてくれる。

ビーイング・デジタルは、物質世界から情報をデジタルという形で分離したときにどういうことが起きるかを見せてくれたが、本書では、物質世界とデジタル世界の再統合の物語を、メディア・ラボのさまざまなプロジェクトを通じて見せてくれる。

Eインクのプロジェクトでは、本をデジタル化するのに紙を捨てるのではなくトナーを電子化するという逆転の発想によって、デジタル技術と伝統的な書籍の持つ優れた特性を生かそうとする。

ウェラブル・コンピュータのプロジェクトでは、体内に微弱電流を流してデータを送ることでパーソナル・エリア・ネットワーク(!)をつくり、コンピュータを服や靴のように(またその一部として)身につけることができるようにする。人間がコンピュータの能力を利用するのに机の上にしばりつけられる必要がなくなることのもたらす可能性は大きい。入出力も発想を自由にすれば人間の負担のかからない方法がもっとあるはずだ。移動の先々で偏在するコンピュータを空き能力を利用して、分散コンピューティングをすることもできる。

中でも、白眉は、著者がMITに来て最初に手掛けたハイパー・チェロのプロジェクトの話である。

ハイパー・チェロは、よくある電子楽器ように、音のサンプルを保存して再生するものではない。この方法だと、例えば長く伸ばした音が平板になり、演奏者が微妙な表現力を発揮することができない。

2つ目の方法は、音の完全なモデルをつくることだ。機能がチェロの音に限られているのでテューリング・テストの人間をまるまるコピーすることよりは簡単かもしれないが、その複雑さは測り知れない。

ガーシェンフェルドのやったことは、世界的なチェロ奏者のヨーヨー・マが演奏中に何をしているのか(弓の位置や軌道など)をセンサーで測定し、動きのパターンを分析し、どの種の音がその動きと関連しているのかマッピングをおこなうという第三の方法だ。演奏者は普通のチェロをひくように弓をつかって演奏し、コンピュータは演奏者が出したいと思った音を自在に出す。このプロジェクトの独創性は、出力結果(音)や機構(楽器)をコピーするのではなく、演奏者の意思と出力結果(音)の間の架け橋になることに目をつけたことにある。

ハイパー・チェロは楽器ではない、あるいは伝統的な楽器に劣るという批判はもちろんたくさんあったようだが、おもしろいことに、優れた演奏家達はただ良い音楽をつくりたいだけなので、この試みに好意的であったという。物理的な楽器には当然物理的な制約があり、演奏家がこのような音を出したいと思っても無理があることが多々ある。演奏家の意思どおりに音を出すというのは楽器の本質的な機能であるから、ハイパー・チェロは(まだ不完全かもしれないが)純粋な意味で楽器と言ってよいと思う。

実は、ストラディヴァリウスが名器であるのは、この演奏者の意思を忠実に音にする能力故なのだそうである。ヨーヨー・マによるストラディヴァリウスの演奏を目標にし、演奏者の動きと音の関係を極限まで追求したことがこのプロジェクトのもう一つの優れた点であった。

入力方法を伝統的なチェロと同じ(弓)にしたことにも意味がある。考えてみればキーボードやマウスは非常に貧しい表現の手段である。コンピュータを使うからと言ってそのような入力手段に頼らなければならない理由はなく、センサーなどの技術を組み合わせれば、人間が長い間の知恵で生み出してきた入力装置の優れた面を引き出せる。

ハイパー・チェロの話が長くなってしまったが、この話は私に物理世界とデジタル世界の接点の置き方に、いくつか異なったアプローチがあることを気づかせてくれた。もう1つの興味深いプロジェクトで、私の研究分野と関連が深いパーソナル・ファブリケーター(個人用工作機械)については、後続書でレビューしたいと思う。

本書の後半は、いろいろなトピックについてさらっと書いてあるが、少しメモをしておく

・「悪い言葉」の章には笑った。いつも新しい標語を必要とするようになってしまったシステム業界の人に読んでもらいたい。

・「もの」の権利章典(邦訳P123)もRFIDが注目されている現在ではそれほどはないが、出版当時は非常にラディカルであったに違いない。「もの」はアイデンティティを有し、接続でき、自分の環境の性質を探知できる権利を持つ。その権利(?)が保障されると、「もの」同士の交信が可能になり、人間がストレスを感じるような操作をしなくても複雑な問題を解決してくれる可能性が広がっている。ただし、人間が必要と考える範囲で、だ。

・本書の量子コンピュータの説明は、初めてわかったような気にしてくれた。

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2007.10.17

Hofstadter and Dennett「マインズ・アイ」下

から続く。

テューリングの論文を読んで私がすぐ考えたのは、不確実性(可能な選択肢)の見積もりの難しさ、ということだった。

機能や状況が限定されている場合、今日コンピュータはかなりのことを再現できる。チェスは名人を負かすほどであるし、もっと可能な選択肢の多い将棋はまだ名人級には及ばないようだが、情報処理能力の発達でそのうち追いつく日もくるだろう。うろ覚えだが昔読んだ「鉄腕アトム」の中で、手塚治虫が卵を割るロボットを作るは難しいという話をしていたと思うが、これは案外早く実現できたらしい。しかし、優しい心を持ったアトムとなると、いつになることやらわからない。

アトムまでいかなくとも、人間にとって非常に簡単なことがコンピュータで再現しようとするととてつもなく難しいことは多々ある。機能や状況が限定されていないと、選択肢がそれこそ無数に存在することになり、多いと言っても、可能な選択肢が百万の桁なのか千万の桁なのか億なのか兆なのかもっとなのかすら、見積もりができない。企業の情報システムを設計するとき、いつもユーザーのニーズとはどこか違ったプログラムができてくるのも、この不確実性の見積もりの難しさに起因することが大きいと思う。

大量の選択肢を絞り込む方法は大きく言って二つある。一つは、十分な情報処理能力持つことで、二つ目は、情報処理能力が少なくても何とか整理して処理できる(広義の)アルゴリズムをつくることだ。

情報処理能力の増大はまだまだ続くことは間違いないが、それにしても人間の日常に潜在しているあらゆる選択肢に対応できるようなコンピュータは、私の孫子の時代でも無理なのではないかと思っている。思ったよりもそれはたくさんあるのだ。

後者のアルゴリズムの開発については、人間の脳や神経系の働きを学ぶことから得ることが大きいと思う。ここに人工知能研究の意義がある。

機能や状況の絞り込みができるのならば、人間のコピーをするまでもないケースはもっとたくさん存在する。で述べたELIZAは、うまくインプットとアウトプットの関連づけをしてやれば、ブラックボックスの中身は人間のカウンセラーとは似ても似つかぬ単純なものであっても、ある目的にとっては十分である、というケースである。

さて、この本自体はそんな議論をしているのではなくて、限りなく高性能のコンピュータが登場したにしろ、アルゴリズムが見事であるにしろ、機能や状況がうまく絞り込まれているにしろ、人間のように機能し、人間であると人に認知されるコンピュータは心あるいは「私」があると言ってもよいのか、ということである。アトムには心があるのか?

編者はYesと言い、22章の哲学者サールはNoと言っている。私はYesに近いかな。

しかし、現在のコンピュータのアーキテクチャの延長線上では、人間全体を再現するような能力に到達することはないだろうし、また、そのように努力する意味はないと私は思っている。人間やいろいろな生物の脳神経や身体の働きから学びつつ、目的に応じて機能や状況を絞り込み、人間の役に立つ道具が作れれば十分である。それだけでやることはたくさんある。

出だしは何となく哲学的だったのに結びはこれで申し訳ない。とはいっても、人間をコピーできるレベルに達するずっと以前からコンピュータや諸技術は人々に大きな影響を与え続けているから、心や「私」の問題との関連を考えることには決して無意味ではない。コンピュータに心や「私」があるのかが問題なのではなくて、それが人間の心や「私」に与える影響、あるいはわれわれがどんな技術を生み出すべきなのかが問題なのだ。

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2007.10.16

Hofstadter and Dennett「マインズ・アイ」上

Hofstadter, D. R. and D. C. Dennett, "The Mind's I: Fantasies and Reflections on Self and Soul, " Basic Books, 1981.

(邦訳:坂本百大監訳「新装版マインズ・アイ」TBSブリタニカ, 1992.)

編者は認知科学者と哲学者、各章には論理学、生物学、精神医学など多様な関連分野の著者も加わり、さらに、短編小説、特にSF小説が多数含まれているという異色のアンソロジーである。

心とはいったい何か?私はだれなのか?単なる物質がものを考えたり、感じたりすることができるのか?魂はどこにあるのか?(まえがき)

という非常に根本的な問題を、科学、特にコンピュータの発展により、将来例えば人工知能や人間と寸分違わぬコピーが可能になるかもしれない、というコンテキストの中で、思考実験してみよう、というのがこの本の趣旨であると思う。

こういう独創的な形の出版は時代の流れと編者の才気が重ならないとなかなか実現しないだろう。1970年代、コンピュータの処理能力は今日に比べれば大変低いが、将来飛躍的に発展することが予想されており、人工知能などへの期待は高かった。一方、SFは単なる科学空想小説ではなく思索小説であるという主張していた元気の良い時代だった。私はこの時代のSFに触れて育ったので、SFが学者の書いた論文以上に深い問題を提起しているのを見ると嬉しい。

さて、この本の問いかけを象徴しているのが、4章のアラン・テューリング「計算機械と知能」のいわゆるテューリング・テストである。テューリングは、「思考のための道具」にも登場したコンピュータ黎明期の立役者の一人であり、アメリカに渡って活躍いれば早逝せずにさらに多くの業績を残していただろう非業の天才である。

2つ部屋に、それぞれコンピュータと人間が入っている。あなたは、質問をすることでどちらの部屋にどちらが入っているかを当てなければならない。コンピュータと人のどちらか一方は質問者が間違った判断をするように努力し、もう一方は質問者が正しい判断をするように努力する。さて、あなたはコンピュータと人間を正しく判断できるだろうか。

ここで、このコンピュータは、論文の書かれた1950年当時はもちろん、現在の情報処理能力も遙かに超えた水準にあると仮定する。

もっとも、人をだますのに高性能なコンピュータは必要ないかもしれない。「思考のための道具」にもあるが、1966年、単純な問答プログラムELIZAに、人々がまるでカウンセラーに対するようにふるまうのを見て、製作者のワイゼンバウムはショックを受け、コンピュータの利用法に警鐘を鳴らすようになったという有名なエピソードを思い出す。

に続く。

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2007.10.14

観光の練習

ソウルに来てずいぶん経つのにあまり観光地に行っていない。日常生活にとても満足してしまっているというか・・・しかし、日本から客が来たときに全然案内ができないと困る。

よく晴れた秋の日曜日、練習(?)のために、代表的な古宮、景福宮に行ってみた。

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広い敷地は、公園のようにのんびりできる。

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ちょうど入口の興礼門前で守門将(衛兵)交代式をやっていた。バッキンガム宮殿みたい。

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同じ敷地内にある国立民俗博物館は、建物の外観はちょっと・・・だが、中身の展示のセンスはなかなかよい。おすすめである。

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博物館の前で、仏教舞の野外公演をやっていた。ここのところ伝統舞踊を習っている私は、思わず癖で一生懸命細部を見てしまう。足の重心の置き方とか、手の返し方とか。今日は誰も「はい、やって」とは言わないのだから、もっと気楽に見ればいいのに。

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写真ではこの味わい深い動きが伝えられないのが残念である。

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2007.10.13

Fischer, C.S. 「電話するアメリカ」

Fischer, C.S. "America Calling: A Social History of the Telephone to 1940," Univ. of California Press, 1992.

(吉見俊哉・松田美佐・片岡みい子訳「電話するアメリカ」NTT出版)

経営学者から見ると、ビジネスを営む人の技術の認識の仕方が重要であることを再認識させられた。

米国において電話が急速に普及した最初の何十年にわたる間、電話会社が電話を「単なるおしゃべり」に使うことがどうしても受け入れ難かった。ユーザーは初期から実用的な目的に加えて社交目的に電話を利用しており、しかも、意外なことに都市部よりも農村部においてそのニーズは強かった。しかし、電話会社は長い間、農村部の市場を軽視し、都市部の富裕層をターゲットにし、実用的な利用法を訴え、単なるおしゃべりに使う性質ものではないことを消費者に教育さえしていた。

同じように自動車の普及においては農村部の社交目的の利用に強いニーズがあり、自動車会社はこの市場を大切にした。その結果、電話の普及が自動車や電化の普及に追い越されたのである。

クリステンセンの破壊的な(Disruptive)技術を思い出させる話である。T型フォードは破壊的な側面のある技術であったが、自動車業界はビジネスのあり方をうまく転換させることができた。一方、電話業界は認知的なバイアスにより豊かな市場を長い間見逃してきた。おそらく、競争的であった自動車業界に比べて独占の弊害もあっただろう。また、彼らが電信の時代の感覚をひきずっていたというのは説得力のある説明である。戦後には電話は偏在するようになったが、電話会社の戦略次第では、もっと早い時期に高い普及率を達成できたかもしれない。

それにしても、これだけ大きい技術となると、ビジネスを営む人々の技術への認識は、社会的な責任を伴うと言ってもよいのではないかと思う。

電話が社会に与えるインパクトについては、電話の普及の初期からさまざまな説があったようである。フィッシャーは、電話がローカリティを破壊するという意見に対し、電話が社会的な活動全体を増やし、特にすでに知っている人たちとのコミュニケーションを強化する役割を果たしたという評価をしている。それに比べて、自動車は人々が新しい世界を広げるのに貢献した。電話が人々を内向的にするという説もあったが、電話が個人の心理状況に強い影響を及ぼした証拠は見られない。さて、これらが正しいとして、電話や自動車が普及する前に予測することは果たして可能だっただろうか。

技術の持つ潜在的な特性をどのように捉えるか、技術の使い方・発展させ方が社会的に構築される過程に何らかの法則性はあるのか、個々の事例を事後的に説明することはいくらでもできるが一体少しは予測らしいこと(或いは操作性を持つこと)ができるのか、という問題は依然ほとんど未解明である。

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2007.10.10

秋来る

ただいまソウルは最高気温20度、最低気温10度ぐらい。

9月は湿度が高かったが、ようやく快適になった。

朝晩は東京より気温低めだが、部屋の断熱がしっかりしているので今のところあまり肌寒く感じない。オンドルもまだ必要ない。

東京との差が開いていくのはこれから。

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2007.10.07

Putnam, R.D.「孤独なボウリング」

Putnam, R.D."Bowling alone: The collapse and revival of American community,"Simon & Schuster, 2000.

(邦訳:柴内康文訳「孤独なボウリング」柏書房)

前作に続いて実証研究はかくあるべきという見事な研究成果である。博士課程の大学院生は、自分の論文が10章最後に著者が書いた問にちゃんと答えているか確認すると良い。(大家でもちゃんとやっているのだから、学生ならなおさら!)

・説明要因は被説明変数と相関しているか。

・相関は疑似的でないか。

・相関は仮説で予想した方向に変化しているか。

・説明要因は原因ではなく結果である可能性はないか。

量的データを使った研究だけでなく、事例研究こそこういった問を自ら行うことが大事である。

さて、本書は、前作のイタリアの地方行政に比べて、現代米国社会という非常にメジャーな素材を扱っている故に、さまざまな専門分野の研究者から個々の事実認識や論理の立て方にいろいろ反論があるのは当然だと思う。例えば、私から見ると、バーチャルコミュニティの持つ意味は限定的に捉え過ぎていると思う。しかし、米国という国の本当の強さは、社会関係資本にあった、そしてそれが1960年代を頂点に衰退しつつあるという主張は、全体としては非常に説得力がある。米国一国の変化だけでも世界中に影響を及ぼすが、同じような現象が日本をはじめ各国で進行している可能性もあり、その影響は計り知れない。

なぜ社会関係資本の衰退がおこっているかの検証は精力的におこなわれているが、ひとつだけひっかかるのは、全体の約半分を説明する要因がベビーブーマーを起点とする世代変化とされていて、それでは世代変化がなぜ起こったのかという疑問が残る点だ。他の要因として挙げられている時間的経済的プレッシャー(推定値約10%)、郊外化(10%)、電子的娯楽、特にテレビ(25%プラス世代との交差効果は10~15%ぐらい)に比べて、本当の理由が特定されていないと感じる。

日本でも、米国とは初期条件や時期のずれがあるにしても、戦後着実に社会関係資本が衰退してきている感じがあるので人ごとではまったくない。確かに人々の余裕がなくなり、テレビ(や最近はゲーム)に受動的な時間を費やすようになった状況は同じだが、米国で起こった世代変化の原因にもっと大きく本質的な要因が隠されているような気がする。

最後に、注釈に至るまで丁寧に訳出された柴内先生の努力に頭が下がる。

自分用のメモ。

・米国において非営利団体の数は増え続けているが、新しく台頭してきたのは、地域に根ざしたものではなく、プロ化されマーケティング活動に長けた組織である。

・米国人の信仰心は低下していないが、コミュニティに関与するような形の信仰は低下している。

・政治的立場を中道派や穏健派とする米国人が増えてきているが、そのような層はアクティブでなく、積極的に活動をおこなうのは両極端にある人たちである。

-このあたり、日本にいると今一つ見逃しがちなのではないだろうか。

・州別の社会関係資本の低さは19世紀前半の奴隷制と相関関係がある。

-歴史的土壌の重さ。イタリアの地方行政でみられた現象がここでも表れている。

・ボランティアや慈善活動の減少は、社会関係資本を豊富に持つ60代の旺盛な活動によって食い止められている。また、ベビー・ブーマーの子供の世代は、再びボランティア活動に熱心になりつつある。

・市民的寛容度の増加(1940年生まれから)と社会関係資本の減少(1946年生まれから)の始まった時点にはずれがある。

-それにしても、世代というのは一体何なんだろう?

・本書のどこにもはっきりとは書いていないが、公共空間があるということと、橋渡し型社会関係資本があるということの違いについてちょっと考えてみたいと思っている。韓国にいると、米国や欧州はもちろん、日本に比べても公共空間が未発達(これには悪い面だけではなく良い面もある)であると感じるが、それとは社会関係資本があるというのはまた別の話のようだ。

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2007.10.06

初老眼鏡

もともとは目が良いので、人生初の眼鏡である。

ああ、PC画面がはっきり見える。

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検眼をするとき、日本語のできる店員に、悲しいです、と言われてしまった。

悲しいですって言うなよ。

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