Rheingold, H. 「新・思考のための道具」
Rheingold, H. "Tools for Thought revised edition," MIT Press, 2000.
(日暮雅通訳 「新・思考のための道具」パーソナル・メディア)
コンピュータとネットワークの歴史についての良書はたくさんあるが、PCが本格的に商用ベースに乗る前までの流れを知るには本書をおすすめしたい。ちょっと読みにくいところが難ではあるが。
コンピュータは単なる計算機ではなく、コミュニケーションの媒体としての性質を持つ、というのは、私自身が経営学の分野でメッセージを発するときの立ち位置であるが、本書を読めば、少なくとも1950年代には、今日のコンピュータやネットワークの基礎を作り上げた人々の頭にすでにあったことがよくわかる。
コンピュータはコミュニケーションの支援のためのツールであるという考え方は、コミュニケーションのかなりの部分をインターネットやケータイに頼っている現在、当たり前のように感じるかもしれないが、コンピュータの原始時代、まだ具体的な道具が何も実現されていない時期にこの発想ができることはすごいことである。
今あるコンピュータ、ネットワーク、ソフトウェアのかたちは、その頃の人々の夢のごく一部が実現したものなのである。そして、現在に至っても、コンピュータのメディアとしての性質がわれわれに何をもたらすのかは、まだわからないことが多い。わからないことばかりと言ってよい。
本書の優れた点の1つは、コンピュータの黎明期への光の当て方である。コンピュータの誕生には、数学と論理学の世界が結びつき、さらにそれを道具として実現する技術が必要であり、19世紀の前半のイギリスでコンピュータの原型ができはじめたのは、ちょうどその頃、理論的な基礎(ブール代数)と技術的基盤(自動織機)が整ったことと無関係ではないようだ。
そして、よく知られているように、第2次世界大戦を契機にその舞台は米国に移り、数多くの卓越した人材が集まり、火花を散らすような相互作用を起こし続けた結果、コンピュータとネットワークは今日のような形になった。人類の最近では最大のイノベーションである。
科学や技術が自律的に発展してある段階になると世界の中の誰かが次のステップを必ず見つけるというものではなく、大きなイノベーションには、それが起こる社会的基盤というものが必要であることがよくわかる。
ところで、本書では、計算機を超えたコンピュータとネットワークの機能として、コミュニケーションの支援に加えて、人間の思考や感性を増幅させる機能をあまりはっきりと区別することなく取り上げている。コミュニケーションの支援機能は、今日、それなりに実現しているが、思考や感性の増幅はまだまだこれからのような気がする。
少なくとも、本書で1章を割いているエキスパートシステムは、有用な分野もあるとは思うが、大きな流れにはなっていないようだ。構造化してあらかじめ仕込んでおくシステムができることはたかが知れているのかもしれない。
新しいあり方がちらりと見えるのは、むしろ、人々がネット上でつながって新しいアイディアやものの見方、創作などがおこなわれる諸現象である。やはり、個人の思考や感性に対する影響に関しても、人と人とコミュニケーションを通じたものが一番インパクトが大きいという気がしている。
また、そもそも思考や感性の増幅を目指すべきなだろうか。そこのところは私自身まだはっきりとはわからない。
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