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2007.07.17

勉強肯定感

こちらに住んでみて、日本人が韓国人から学ぶべきこといろいろあると思っているが、そのうちの一つは、勉強に対する肯定感である。

日本は学歴社会といわれて久しいが、決して勉強すること、学習すること、学ぶことが大事にされてきたのではなくて、むしろ学歴のための必要悪だという考え方が広まりすぎているように思う。学歴に対しては複雑な思いを抱えつつもいまだに誰も無視はできないのに対して、勉強すること自体は実に粗末に扱われてきた。

韓国ももちろん、学歴社会である。大学卒業していても、就職できる率は日本に比べて驚くほど低く、一流大学(それもできれば米国の一流大学)を出ているということが本人だけでなく家族の生活に直結する。

だから、受験戦争も、今の日本はもちろん、2,30年前の日本に比べても加熱しているような気がする。(ただし、東大が一番と考える日本と違って、韓国では米国の一流大学が一番であり、決して豊かではない層でも親の生活を犠牲にしてでも何とかして子供を米国にやろうとする。)

でも、韓国の人達と話していると、子供に学歴の手段としての勉強ばかりさせることのゆがみについて嘆く人はいても、勉強すること自体を肯定する気持ちは揺るがない感じを受けるのである。ビジネスマンからも、若者からも、主婦からもそのような印象を受ける。

日本では、勉強しすぎは良くないとか、わりと否定的に考える人が少なくないのです、と言うと、韓国の人達は、なぜですか、と本当に不思議そうな顔をする。

韓国で(いろいろな現世利益を別にしても)勉強すること自体が良いことという単純な考えが根付いているということは、大きな力になると思う。

なぜ、日本人はそう考えることができないのか。勉強することを、学校や塾で習うことの範囲に限定して考えてしまうと、必要悪としか考えられなくなるのかもしれないが、韓国人の方がそう考えてもおかしくない状況にあるにも関わらずである。

どう考えても、小さな国が膨れ上がった経済規模を維持しながらうまく生きていくためには、知恵を次々に繰り出していかないとどうにもならない。そのためには広い意味での勉強が必要だし、その前提としてもう少し勉強肯定感がなければ始まらないと思うのである。

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Comments

こんばんは。竹田先生、お元気でお過ごしでしょうか。
「勉強に対する肯定感の必要性」はおっしゃる通りだと思います。特に学校を出た大人にこそそれは必要でしょう。資源もない、エネルギーもない、食糧も自給できない、あるのは人だけ、という日本が世界に伍していくには学び続ける心を日本人が持たないと。。。
私も竹田先生から今後もいろいろと学ばせていただこうと思います。

Posted by: kunihiko_ouchi | 2007.07.20 at 12:10 AM

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